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第11話 同棲はじめます?

あれからあの人は姿を現すことなく、父さんの葬儀はつつがなく終えられた。 あの夜の事が夢なんじゃないかって思うくらい僕の周りはなんの変化もなかった。皆、気を使って普通にしていてくれているんだとは思うけど、そのおかげで余計な事を考えずにちゃんと父さんとお別れできたと思う。 そうして僕はようやく寮に帰ってきたわけだけど……ゆっくりと春休みを過ごすなんて事はどうやら一日たりとも許してもらえないらしかった。 「……そんなわけでだな、春休み中お前の身柄を職員寮で預かることになった。」 まもなく消灯時間になろうとしている彩華(さいか)高校学生寮。父さんのことが一段落ついて夕方に帰宅した僕は、一人にするのは心配だという(しき)飛鳥(あすか)の意向により二人の部屋にお邪魔させてもらっていた。 本当ならもう自分の部屋に戻らなければいけない時間だったけど、今日の点呼の当番が木崎先生である事はわかっていたし、そもそも今は春休み中なんだから少しくらいの勝手は許されるだろうと、お泊まりコースで飛鳥の部屋のローテーブルにトランプとお菓子を広げババ抜きなんてしていたわけなんだけど。 点呼にやってきた木崎先生の口から出たのは規律違反を咎める言葉ではなく、予想外すぎるものだった。 「……はい?」 思わず聞き返してしまったけど、おそらく聞き間違いではないと思う。 その証拠に色も飛鳥も固まってしまっている。 先生は疲労を隠そうともせず盛大に溜息をつき、僕らの前でどっかりと胡座をかいた。 「つい数時間前の職員会議でそう決まったんだよ。……とりあえず明日から俺のとこに来い。」 ローテーブルに肘をつき、眉間に皺を寄せなんとも渋い顔でそう告げる木崎先生に、色も飛鳥も理解が追いつかず頭に疑問符を浮かべている。 まったく、この人はなんでこうも厄介事を押し付けられるのか。透けて見える教師陣の思惑に僕は思わず盛大にため息を漏らした。 「僕、自殺の予定なんてないですけど?」 ぴくりと先生の片眉が跳ね上がる。 「ようは間違いが起きないように、二十四時間見張っときたいんでしょ?」 先生は気まずそうに視線をそらせるが、無言は肯定だ。大方、学校の体面を気にする心も髪も乏しいあの校長に言われたんだろう。 父子家庭だった父親の突然死。今の僕は周りから見れば薄幸の可哀想な少年に映っているんだろう。最悪の事態を想像することもわからなくは無いが、全くもって心外だ。 「あ、あの、だったら今日みたいに僕達の部屋で三人で過ごすか、部屋を入れ替えて晃が色か僕のどちらかと同室になれば…」 「あ、いや、それはだな…」 なんと説明したものかとくせっ毛をかき乱す先生を横目に、僕の口からはまたため息が漏れた。 「それじゃあ何かあった時に責任押しつけられないっしょ?」 「……胸糞悪ぃ話だな。」 先生の代わりに説明してやれば、色は眉をひそめてそう吐き捨てた。純粋でお人好しな飛鳥はそれでも意味がわかっていないようで、首を傾げながら僕らの顔を代わる代わる見つめる。 先生は言わなくていいと無言の圧をかけてきたけど、こんな事黙っていたってしょうがない話だ。僕は先生からの視線は無視を決め込んだ。 「問題が起こることを懸念してきちんと対策をとった。その上で間違いが起こってしまえばそれは監督者の責任で、最悪その一人をクビにすればすむって話。木崎先生はトカゲの尻尾って事だよ。」 「そんな、」 飛鳥の亜麻色の瞳が驚愕に見開かれ、木崎先生へと注がれる。先生はわざと咳払いして、ごまかすように僕へと視線を向けた。 「と、とにかくだ、会議の決定云々を置いといても今のお前を一人にはしておけねぇだろ。」 「……へぇ、心配してくれるんだ?」 「当たり前だ。」 あまりにさらりと言われてしまって、返答に詰まる。 普段は面倒臭いだの厄介事はごめんだのと言うくせに。面倒な生徒を担任ごと切り捨てようとしてる人達なんかより、よっぽどこの人の方が「先生」だ。 大丈夫。この人なら、信用出来る。 「……わかった、行くよ。」 真っ直ぐ僕に向けられる瞳に、僕は小さく笑って返した。 拒否すれば責められるのは先生だ。優しいこの人を、そんな目にあわせたくはないから。 「不束者ですがよろしくお願いします。」 「な、」 あえて姿勢を正して丁寧に頭を下げてやれば、先生は思いっきり瞳を見開き口元をわななかせた。 「あ、そっか。同棲……」 飛鳥からのトドメの一言に、先生の顔は耳まで真っ赤に染まる。 「馬鹿やろう、保護だ保護!日本語は正しく使え!」 「ご、ごめんなさいっ。」 「あー、別の意味で間違いが起こらないといいな。」 「起こってたまるか!」 大丈夫。この人は僕に暴力をふるったりしないし、そんな僕を見て見ぬふりもしない。信用出来る大人だ。 この人なら大丈夫。 羞恥に取り乱し、誤魔化すためにローテーブルに拳を叩きつける先生は可愛くすら思えて、僕は久しぶりに声を上げて笑った。

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