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第12話

「……嘘でしょ、」 目の前に広がる光景が信じられなくて瞬きをひとつ。それでも、見える景色は変わらない。 ありえない。絶対何かの間違いだ。 だって、だってこんな、 「なんでこんなに部屋綺麗なの!?」 お邪魔した部屋の玄関で絶叫した僕に、木崎先生は思いっきり不機嫌に顔を顰めた。 学生寮とほぼ広さは変わらないであろう職員の独身寮。学生寮は簡易キッチンと各生徒の部屋が二部屋ある2Kなのに対して、こちらは広めのキッチンとリビングがひと続きになっている1LDKの造りになっている。 八畳ほどのリビングには大きめのソファーにローテーブル、それにテレビが置かれていて綺麗というより無駄なものが一切置かれていないシンプルな部屋だ。 ありえないと家主よりも先に上がり込んで寝室であろうドアを勝手に開けてはみたものの、こちらもベッドとクローゼットがあるだけでシンプルかつ綺麗にされていた。 突貫で片付けたわけじゃない。普段から余計なものを置かず、綺麗に使用しているのがわかる。でも、まさか、そんな事あるはずないのに。 「え、本当にここ木崎先生の部屋なの?何かの間違いでしょ!?」 「身の回りの整理整頓くらい俺だってやるっての。」 どの口が!どの口がそれを言うんだ。 雪崩を起こすほどに大量に積み上げられた書類に教科書、参考書。定期的に掃除に行ってやらないと酷い時には足の踏み場すら無くなる数学準備室の主の部屋がこれなんて、誰が想像出来るだろう。 春休み中先生の家で過ごすわけだし、どうせだから徹底的に掃除してやろうと意気込んで来たというのに、僕のやる気は玄関開けてわずか数十秒で霧散してしまった。 「散らかってたらくつろげねぇし何をするにも効率落ちるだろ。お前も自分の部屋掃除しろよな。」 おまけにため息混じりにそう言われれば、やる気どころか殺る気すら湧いてくる。 家と職場の落差が酷すぎる。この人どんだけ仕事やる気ないんだ。 「……最っ低。」 睨むように本人に吐き捨てても、先生は素知らぬ顔で僕の前を素通りし、ソファーにどっかりと腰を下ろした。 「そっちの寝室好きに使っていいぞ。」 「え、僕床でいい…」 「って、生徒にそんな事させられると思うか?」 「あー。ですよねー。」 迷惑はかけたくないけど、先生という立場を考えるとここはお言葉に甘えるしかないんだろう。 僕はお泊まりセットをつめていた大きめのリュックを寝室に置かせてもらってから、ソファーで伸びをする先生を横目にキッチンと向かう。 予定は見事に無くなってしまったので、これから約一週間の間果たして何をするべきか。とりあえずお茶でも入れて考えようとシンク下の棚を開けてみたんだけれど。 「……綺麗、だね。」 この部屋同様片付いて、というよりも物が無さすぎる上に綺麗すぎる。 包丁にフライパンに鍋。必要最低限の物はあるみたいだけど、新品同様に綺麗な調理器具。 嫌な予感がしてキッチンの隅に置かれていた冷蔵庫を開いてみれば、そこには缶ビールにミネラルウォーターと昨日の残りであろう惣菜のパックがあったくらいで、生活感がまるで無い。確かこの人五年前にこの学校が出来た時には既に教員としてここにいたはずなのに。 「ん、何探してる?」 冷蔵庫を覗き込み固まってしまった僕が気になったのか、いつの間にか背後にいた先生を僕は思いっきり睨みつけてしまっていた。 「……最後に自炊したのいつ?」 ぐぅっ、と先生の口から肺が潰れたみたいな唸り声が出る。 「え、…っとだな……」 くせっ毛を掻き乱し、視線を泳がせるその反応だけで答えとしては十分だった。 やっぱり先生は先生だ。 うん。軟禁状態の春休み、僕のやる事は決まった。 「先生今日は休みだよね?」 「……おう。」 「今から買い出し行くから車出して。」 嫌そうに顔を顰めたって拒否する選択肢なんてない。これは強制だ。 これから生活を共にする以上、僕の目の前で自堕落な生活は絶対にさせない。 「ダメ男に自活の仕方、きっちり教えてあげるよ。」 口元だけニヤリと笑って冷めた瞳で見つめてやれば、先生はひ、と顔を強ばらせてから降参とばかりにその場でがっくりと肩を落とした。

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