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第13話
朝と夕方の二食が保証されている学生寮と違い、職員寮には食堂が存在していない。一応寮と呼んではいるけど、生徒達が問題行動を起こさないように毎夜の見回りをする代わりに格安で部屋を借りているだけというのが現状だ。
先生達は掃除洗濯と日々の食事は当然ながら自分で何とかしないといけないわけだけど。
「まさか昼ごはんだけじゃなくて夜もカップ麺や弁当ですませてたとはねぇ。」
「誰に迷惑かけてるわけじゃないし、別にい…」
「いいわけないよね?」
あえて満面の笑みで言ってやれば、先生はぐ、と口を噤み嫌そうにため息を吐き出した。
買い出しにと車を走らせてやって来たのは、寮から車で一時間ほど離れたほぼ県境に位置する巨大なショッピングモールだった。
普段であれば最寄りの畔倉 駅周辺で事足りるんだけど、教師と生徒が休みの日に二人で買い物などというあまり目撃されたくない状況のため、念には念をと離れた場所に来たわけだ。
自殺しないか見張るために同棲してますなんて言えるわけないんだから、目撃者はなるべく少ない方がいいに決まってる。
そんなわけで、休日で賑わうショッピングモールへ一週間分の食料を買い求めに来たわけだけど。
「せ、……総士 さん?どうしたの?」
雑貨を扱う店舗の前で立ち止まった先生に、僕は慣れない呼び名で声をかける。
つい先程エコバッグとポイントカードの大切さを説いていた際にどうにも周りからの視線を感じてしまって、たとえ知り合いがいない場所でも先生呼びはまずいなと痛感したばかりだった。
先生、先生と言いながら母親みたいに説教してるんだから、そりゃまぁどんな関係だよ、って気になるのは当然だよね。
そういうプレイなのではと白い目で見られるよりはマシだと思うのだけど、先生もとい総士さんは眉間に皺を寄せ渋い顔を返してくる。
「……いや、自炊するつもりなら茶碗とか箸とかいるだろ。家、本気で何も無いぞ。」
「え、別にいいよそんなの。」
こちらの静止もお構い無し。言うが早いか先生は店頭に置かれていた買い物カゴを手に店内へと入ってしまう。
「好きなの選べ。」
「いや、いいってば。別に平皿でも白米は食べられるし、割り箸でいいよ。……変に物残しちゃうと後で処分に困るっしょ?」
両手をぶんぶん降って全力でお断りしたのに、先生は店を出るつもりはないらしい。
その口からおもーいため息が漏れる。
「あのなぁ、大人の勝手な都合で自由を奪われて、挙句こんな一回りも年の離れたおっさんの飯の世話まで焼く羽目になってんだぞ。お前はもっと我儘言っていいんだよ。」
「我儘って、いつもせ……総士さん巻き込んで好き勝手やらせてもらってるじゃん。」
「他人の事ばっかりな。」
「、」
思わず、言葉を失ってしまった。
しまった。今のは誤魔化さなきゃいけなかったところだ。何それ、気のせいだよって笑い飛ばさなきゃいけなかった。
でないとそれは、肯定と同じ事なのに。それなのに、言葉が出てこない。
「訳ありな転校生を俺のクラスで引き受けろだ、訳ありなフィギュアスケーター助けるために部活作るから顧問になれだ、お前の突飛な行動はいつだって他人のためだろうが。」
先生の指が目の前の棚を指し示す。色も形も様々なマグカップが綺麗に並べられている。
「何がしたいとか、何が好きとか、たまには自分の我儘言ってみろ。」
選べ、という事なんだろう。
でもカラフルなマグカップを前に僕は動けなかった。
だって、こんな事初めてだったから。
自分の意見なんて言っちゃいけない。突然カチリと入るあの人のスイッチを押さないように僕はいつだって大人の前では従順な子供でいなければならなかったのに。
我儘言えなんて言われたの、初めてだ。
なんて言っていいのかわからなくて視線をさまよわせていたら、先生の手がひとつのカップへとのびる。
「ま、春休み中の課題だな。」
確認するように僕の目の前に差し出されたのは白地に黒猫のイラストが描かれたマグカップ。持ち手の部分がしっぽになっていて、お店に入った時からちょっと可愛いなと思っていたやつだ。
「問一の答えはどーよ?」
「……正解。」
なんで、この人はこんなにも僕の心を見透かしちゃうんだろ。
素直に頷けば、先生はニヤリと得意げに笑ってカップを手にしていたカゴに入れた。
「じゃ、問二茶碗な。」
有無を言わさず食器の並ぶコーナーへ進んでいくその後ろ姿を見ながら、僕は気づかれないようにきゅっと苦しくなった胸に手を当て、小さく息を吐き出した。
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