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第15話
寝苦しくて寝返りをうって、そのまま意識が覚醒してしまった。眠りが浅かったんだろう、ぱちりと目を瞬かせれば、先程まで見ていたはずの夢の内容も消えてしまった。
知らない天井、知らない匂い。深夜の薄暗い室内はしんと静まり返っていて、壁掛け時計が時を刻む僅かな音が妙に響いている。
このまま再び眠りに落ちるのは無理そうだなと判断して、ベッドの上に身を起こす。枕元に置いていたスマホを手に確認すれば、日付はとうの昔に変わっていた。
意識がはっきりとするにつれ、身体は喉の乾きを訴えてくる。仕方なく手にしていたスマホで灯りをともしてベッドから抜け出した。
ドアノブに手をかけ、音を立てないようゆっくりと戸を開く。普段は寮の部屋を一人で使っているので、なんだか新鮮な感覚だ。
そっとリビングに出れば、ソファから足がはみ出しているのをスマホの灯りが照らしだした。長身の先生がベッドにするには、ソファはやっぱり小さかったらしい。無理な寝姿勢で身体痛くなってなければいいけど。
はみ出た足が動かないのを横目に確認しながらキッチンへ。冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出してマグカップに注いだ。
ふぅ、と吐いた小さな吐息が暗い部屋に響く。
喉の乾きを潤して、それでもやっぱり眠気はこない。どうしたものかとカップ片手にぼんやりとしていたら、パサリ、衣擦れの小さな音が聞こえた。
「先生……?」
反応はない。
一瞬起こしてしまったのかと思ったけど、どうやら違ったらしい。音を立てないようにゆっくりとソファに歩み寄れば、かけていたはずのブランケットは床に、先生の片腕はソファからだらりと落ちてしまっていた。
「……だから僕がこっちで寝るって言ったのに。」
寝返りすらうてない狭いソファ。絶対明日筋肉痛なんだろうな。
いつもよりちょっと幼く見えるその寝顔を眺めながら、僕は床に落ちていたブランケットをかけ直してやった。
じ、と顔を覗き込んでも先生が目を覚ます気配はない。
うっすらと開いた口から漏れる吐息。規則正しく上下する胸。当たり前のはずなんだけど、この人は生きてるんだなって実感してほっしている自分がいた。
そっと頬に手を触れれば、じんわりと熱が伝わってくる。数時間前に僕を抱きしめてくれた、あのぬくもりが。
温かな腕の中、声をあげずにひたすらに泣いて、泣いて。人前で泣くなんて恥ずかしい事だって思っていたはずなのに。
自分でも信じられないくらい涙を流した今は、憑き物が落ちたみたいにスッキリしていた。
……でも、駄目だ。
これ以上は駄目なんだ。
だって、この人は。
わかっているのに縋りたくなる。甘えたくなる。そんな事したって虚しいだけなのに。
色や飛鳥とは違う。
この人の僕に対する優しさはあと一年の期間限定なんだから。
寝息を立てるその口元に顔を寄せる。
規則正しく寝息を漏らすその唇の端。触れるか触れないか、ギリギリの場所にそっと自らの唇で触れた。
手探りな暗闇の中、じわり、唇に灯ったその熱だけは確かにここに存在していて、悲鳴をあげそうなくらい胸を締め付けてくる。
大丈夫。わかってる。
これ以上は駄目なんだ。
だって、この人は。
ゆっくりと離れても、唇には熱が残ったままだった。
「……おやすみ、先生。」
返事はない。
その事に逆にほっとして、僕はブランケットをもう一度綺麗にかけ直してから、そっとその場を離れた。
じくじくと蝕むような胸の痛みも、瞼の奥のつんとする感覚も、全てに気づかなかった振りをして、寝息を立てるその人に背を向ける。
パタン。
ドアを閉じ、ベッドに倒れ込み、頭から布団を被った。唇に残る熱を振り払うように頭を振って、ぎゅっと瞳を閉じる。
やっぱり、眠気はきそうになかった。
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