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第16話 距離

僕達学生は春休みでも、先生達はそうはいかない。部活の顧問としての仕事に、時間割の作成。指導要録のまとめや、新学期の提出物の書類作成に授業やテストの準備。教え子達が羽目を外して遊び回っている間にも、やる事は山積みだ。 そんな訳で、春休み中も職員棟四階の数学準備室はいつもと変わらず散らかった部屋の中、やる気のない先生のやる気のないお仕事が行われていた。 一応見張られておかないといけない立場の僕もそれに付き合って、春休みだというのに制服を着て、朝から生徒会室から持ち出したノートパソコンとにらめっこ中だ。 「……別に、遊びに行ったっていいんだぞ?」 カタカタとパソコンのキータッチ音が二人分響いていた室内にぽつりと落とされた言葉。 僕は一瞬キーボードを叩く手を止めて、声の主へと視線を向ける。 けれど、またすぐに作業を再開した。 「春休み中に生徒会の引き継ぎ書作っとくつもりだったから。それに、ずっとそばにいて見張ってないと、職員会議で報告あげないといけないんじゃなかったっけ?」 「虚偽の報告あげときゃいいだろ。……お前は、馬鹿な真似するような奴じゃねぇのはわかってるからな。」 そうは言われても僕はこの部屋を出る気にはなれなかった。 引き継ぎ書を作っておきたいのは本当だったし、それに…… カタカタと資料を作る手を休める事なく視線を隣へと向ければ、同じようにこちらを覗き見る先生と視線がぶつかった。 気まずそうにすぐそらされる視線。何か言いたげにこちらに向けられては、そらされる。それは、昨日から何度も感じていた視線だった。 「……聞きたいこと、あるんじゃないの?」 ピタリと音が止んだ。 「もう大丈夫だよ。ちゃんと話せるから。」 昨日は僕の精神状態を考えて触れずにいてくれたんだろう。 それでも、いつかはきちんと話さなければいけない事。察しはついてると暗に示せば、先生はくせっ毛を掻き乱し席を立った。 「……コーヒー入れなおす。」 長い話になりそうだ。 空のマグカップ片手に部屋の奥の簡易キッチンに向かうその背を見ながら、僕はパソコンのデータを保存して電源を落とした。 コーヒーを入れる後ろ姿を視界の隅に入れながら、僕は制服のポケットにしまっていたスマホを取り出していた。 メッセージアプリの画面を開いてはみたものの、メッセージを入力する指は動かない。 どうしようか。 悩んで、僕はそのままスマホをまたポケットにしまった。 無理に聞かせる話じゃない。知りたいならそのうち聞いてくるだろう。脳裏に浮かんだ二人の顔を消そうとしたんだけど…… 扉の向こう、廊下から聞こえてきた二人分の足音に考えるまでもなかったなと僕は思わず笑ってしまった。 「入るぞ。」 「失礼します。」 珍しくノックをしたものの、返事を待たずに開かれた扉の先には予想通り、(しき)とそれから飛鳥(あすか)の姿があった。 色は僕と同じく制服を、飛鳥は彩華(さいか )のジャージを着ているところを見ると、おそらく飛鳥の朝練が終わるのを待って校内で待ち合わせてここに来たんだろう。 ある程度予想していたのか、先生は驚くことも咎めることも無く二人の姿を一瞥して、飛鳥のおはようございますの挨拶に適当に返事を返した。 「何の用だ?」 「あ、いや、……仕事の話しに、(すい)さんが来るんだけど、」 彗さんというのは色のマネージャーさんだ。色の主な仕事場であるレコーディングスタジオへの送迎やデータに残せない資料のやり取りなど、ことある事にこのど田舎までやってきて色の世話を焼いてくれている。 ただし、色の素性は校内でも秘密にしている為、彗さんは教材の営業さんという事にして、毎回木崎先生のところに営業にきてもらうという形を取ってもらっている。 「あー、アポイント確認してる。約束の時間、もう少し後だろ?」 「ああ。一応確認と……まぁ、気になったから。」 色の視線が先生から僕へと移される。背後で僕もと、飛鳥がこくこく頷いていた。 「うまくやってんのか?」 どうやら心配してくれていたらしい。 大丈夫だよと笑って答えて、座りなよと近くの椅子を引いてみたものの、二人は入口から動こうとしない。 部屋の空気がいつもと違うことを察したんだろう。 「あの、何か大事なお話中だった?僕達また出直した方が、」 「だな。時間になったらまた来…」 「いいよ。」 座るどころか退室しようとした二人を僕は呼び止めていた。 「二人にもある程度は知られちゃったわけだし。聞く権利はあるっしょ。」 いいよねと先生に視線で問いかければ、先生は無言で食器棚からマグカップを二つ取り出して、四人分のコーヒーを入れ始めた。 「……もう、隠す必要もないしね。話せる事はちゃんと全部話すよ。」 ここ数日の間に僕ですら色々ありすぎてまだ現状全てを飲み込めていないのに、何も知らされていなかった三人はきっと僕以上に戸惑っているんだと思う。 もう、何も知られていなかった頃には戻れない。でも、今までと変わらずそばに居ようとしてくれるこの人達の思いにはちゃんと応えなきゃ。 ずっと隠してきた事。そして、僕自身知らなかった事。 ちゃんと、話さなきゃ。 座んなよと椅子を引けば、色と飛鳥は顔を見合せ今度は黙って腰を下ろした。

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