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第19話 今も昔も、あいもかわらず

職員棟から渡り廊下で繋がった先、部室棟の四階に生徒会室はある。 基本的に毎年成績を残しているような運動部にはグラウンド脇に広めの部室がちゃんとあるため、この棟は主は文化部、そしてほとんど趣味の域で活動している運動部が利用しているので春休みの今は閑散としている。僕が会長を務める生徒会も本日は活動予定はない。 静まり返った棟、誰もいない部屋。それをわかっていて、誰もいないからこそ僕はここに逃げ込んだ。 部屋に駆け込み後ろ手で思いっきりドアを閉める。 派手な音を立てた扉にそのまま背中を預け、ずるりと床にへたりこんだ。 どくどくと身体を突き破らんばかりに心臓が早鐘を打つのは、ここまで走ってきたからだ。そうに決まってる。 誰もいない生徒会室で僕はうずくまり、耳を塞いだ。 「……なんで、放っておいてくれないのさ。」 ある程度首を突っ込んでくるだろうことは予想していたけど、まさかあそこまでとは。脳内で繰り返される木崎先生の言葉は、ぎゅっと耳を塞いだところで消えてくれない。 思えば最初からそうだった。あの人は、木崎総士という人は、いつだって手を差し伸べようとする。自分自身ですらどうでもいいと思っている藍原晃という存在を、あの人は決して見捨てなかった。 『……何やってんだ、お前達。』 あれは、彩華高校に入学して一週間が過ぎた頃だったと思う。僕、藍原晃は人生で最大の失態を演じてしまった。 寮生活も少しずつ慣れてきて余裕が出てきてしまった頃。僕は食堂で声をかけてきた先輩を部屋に招き入れた。 三年生の先輩で、今となっては顔も名前もぼんやりとしか思い出せないけど、『同類』である事は互いに一目見て何となくわかったから。 父親に迷惑をかけたくないと適当に選んだ学校。適当に過ごす中で声をかけられた相手と適当に。山奥の全寮制の学校においてそういう相手は貴重であることは間違いなくて、特待生の特権として一人部屋を割り当てられていた僕は誘いにのったわけだけど。 部屋に入るなりこちらの言葉も聞かずベッドに押し倒されたタイミングで、見事に点呼のために部屋に入ってきた先生に見られてしまったわけだ。 『……同意か、そうでないのか。どっちだ。』 多分、同意の上だとは思えなかったと思う。実際、先生の声は低く、そこには激しい怒りを孕んでいた。 それでも僕は焦り固まる先輩をおしのけて、先生に笑って言ったんだ。 『同意だよ、同意。……僕が誘ったんだ。』 どうでもよかったから。僕は別に好きでこの学校に来たわけじゃない。ここが駄目なら別のところに行けばいい。 ただ、父さんに知られるのは嫌だなぁ。その程度の考えだった。 だからよく知りもしない先輩を庇って罰は一人で受ければいいと思っていたんだけど。 『あいにくと不純同姓交遊は校則で禁止されてねぇんだよ。……自分の人生諦めて他人を庇うのはいいけどな、もっと自分を大事にしろ。』 翌日、呼び出された数学準備室で僕を出迎えたのは、一応仕事だからと面倒くさそうに形式上のお説教をする先生と、優しい甘さのカフェオレだった。 木崎総士は、僕が従順な子供でいなくても受け入れてくれた、初めての大人だったんだ。 その日から、僕は用もないのにカフェオレを飲みに数学準備室に顔を出していた。 色が前の学校で両親のことがバレて転校したいとボヤいた時には、屋上で喫煙なんて写真をネタに先生を脅して色を先生のクラスに強制的に入れてもらい、飛鳥が規定に縛られない演技をしたいと身一つでこの学校に転校してきたと知った時には活動環境を整えるため作った部活の顧問を強制的に引き受けて貰った上、マスコミや資金の管理がしやすいからと僕が生徒会に入ったせいで強制的に生徒会の監督担当にさせられて。 それでも、嫌そうな顔をしながらもその全てを拒絶しないでくれた。 色と飛鳥は僕の大事な友人だ。二人にとっての一番が互いである事はわかってるけど、僕のそばにいてくれる二人は、僕にとって一番大切な人達なんだ。 そこに、いつの間にかもう一人。加わっていたその人は、決して友人と呼べるような近い人ではなかったはずなのに。 守りたい。だから、近づいて欲しくない。そう思うくらいには大切な人になってしまっていたんだ。 落ち着け。 大丈夫、ちゃんとわかってる。 あの人達を巻き込むわけにはいかない。縋るわけにはいかない。 僕は一人でちゃんとやれる。 耳を塞いで、目を閉じて、自分自身に言い聞かせる。 やがて聞こえていた心音が速度を落とし始めてから、僕はようやくその場に立ち上がり部屋の奥の自分の席へと腰を下ろした。 手にしていたノートパソコンを置いて、ふぅ、と長い息を吐く。 なんかもう、生徒会の仕事をするような気分じゃない。何もする気がおきない。どうせ生徒会の任期は六月の体育祭までだから、時間的には余裕もあるし。 開くことすらしないまま、目の前に放置したパソコンをピンと指で弾いてから、僕は席を立った。 購買でいつものフルーツ牛乳とプリンでも買って一息つこう。 冷静になって、この局面を一人で乗り切る方法を考えなきゃ。 いまだ脳裏に残る声も、表情も、頭を振って無理やり脳内から追い払ってから、僕は生徒会室を後にした。 制服のポケットで振動していたスマホには気づかないふりをして。

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