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閑話 ごめん、大好き、ありがとう

※性描写ありです(色×飛鳥)苦手な方はご注意下さい。 彼が(しき)って名前を呼ぶその声がとても切なく聞こえて。好きなんだろうなって、すぐにわかった。 幼なじみで、ずっと隣にいて、密かに想い続けていて。 そんな一途な気持ちをわかっていたのに、僕は色に手を伸ばさずにはいられなかったんだ。 「んぁ、ア、しき、しきっ、」 「っ、あすか、ちから、抜け、」 「ひっ、ア、」 あまりの苦しさに、一瞬吐きそうにすらなった。みしみしと身体を内側から引き裂かれていくようなこの瞬間の感覚は、何度身体を重ねていてもやっぱり慣れない。 そんな自分に合わせて、色は苦し気に息を吐きながらゆっくりとその身を沈めてくれる。ずるりと内壁を擦りながら引き抜いて、また押し進める。もう僕の身体は上手く動かせなくて、それでもその動きに合わせてなんとか肺に空気を入れようと必死に荒い呼吸を繰り返した。 ほんの少しの怖さを埋めて欲しくて、色の背中に腕を絡めてしがみつく。 苦しい。だけど、もう少し。 内臓を圧迫される苦しさには慣れそうにもないけれど、身体は知っている。塗りこめられた潤滑油がだんだんと色の動きをスムーズにしていって、ぱしん、と打ちつけられるそれが小気味いいリズムを刻み始めれば、苦しさとは別のものが込み上げてきて身体をびりりと駆け巡っていく。 「あ、ぁア、っ、」 息苦しさやギチギチと悲鳴をあげる身体の痛みすら次第に意識の外に追い出されていって、ゾクリと背筋を這い上がるものを夢中で求めていた。恥ずかしいはずなのに自ら腰を動かして、口を閉じる事すら忘れて律動に身を任せる。 「っぁ、しきっ、もっと、もっとっ」 「っ、あすか、」 耳元で聴こえる声は、蕩けるほどに熱い。 こちらの呼吸が整う前にずるりとギリギリまで引き抜かれた熱が、ぱしんっ、と激しく打ちつけられた。 「ぁ、あっ、もっ、と、」 まだ。それでもまだ足りない。  もっともっと、この身の隅々まで全てを埋め尽くして欲しい。 「っ、あすか、」 「ひぁっ、あっ、あ、あっ、ァ、あ」 腰を掴まれている手に力がこもり、身体の深くまで猛りを打ち込まれれば、雷に打たれたみたいな痺れが身体を突き抜けて、視界を白く染め上げていく。 ギシギシとベッドの軋む音、耳元で聞こえる熱い吐息、内蔵を抉るような圧迫感と身体を震わせる快感。 「ぁ、あ、も、だめっ、」 「っ、俺も…」 色の猛りが打ちつけられるたび、真っ白になっていく。 全てが一気に押し寄せてぐちゃぐちゃに溶けて、爆ぜる。 「あァっ、しきっ、んあぁっ!」 「あすか、…っ、」 身体を強く抱きしめられ、僕の中で色が小さく痙攣したのを感じながら、僕も身体を駆け抜けた快感に背を反らせて欲望を吐き出した。 「……大丈夫か?」 余韻に身体を震わせながらしばらく抱きしめ合って、ようやく呼吸が落ち着いてから色が心配そうに僕の顔をのぞきこんだ。 「ん、大丈夫、だよ。」 今日は寮のお隣さんが帰省しているから声を抑えなくていいって言われて、その、思いっきり声出しちゃったから少し掠れてしまっているけど、それでも身体はいつもほど重くない。 そもそもいつもは最中に気を失ってしまう事も多くて、こうして色の言葉に返事をする事すら難しかったりするから。 明日のアイスショーの為に加減してくれたんだなと思ったら、なんだか申し訳なかった。 「水、持ってくる。」 僕の髪を優しく撫ぜてから離れていく色をぼんやりと見つめる。 パタンと部屋のドアが閉じられてから、僕は気だるさの残るその身を何とか起こして、ほぅ、と小さく息を吐いた。 色は優しい。 熱く激しく求めてくれるけど、それでもちゃんと僕が辛くないように僕のペースに合わせてくれているのがわかる。 彼の不器用な優しさが今この瞬間は僕だけに向けられているんだって感じられて、それだけで胸がいっぱいになって、吐息になってまた溢れ出た。 求められて、求めて、満たされて、……僕だけいいのかなって思うくらい幸せで。……だから感じる罪悪感。 「あ、」 ふと脳裏に(あきら)の顔が浮かんで、僕は慌ててベッドの上に置いていたスマートフォンを手に取った。 画面を開いて時間を確認すれば……よかった、まだ間に合う。 メッセージアプリを開いて、送ろうって決めていた短いメッセージを入力する。日付が変わるまであと一分、僕はスマホの画面を見つめてその時をじっと待った。 「飛鳥……?」 部屋に戻ってきた色が何してるんだと不思議そうに首を傾げたのはわかっていたけど、その瞬間を見逃さないように僕はちょっと待っててと差し出されたミネラルウォーターのペットボトルを手で制した。その間も視線は画面を見つめたまま。 あと二秒、一秒―― 画面の隅に表示されていた時計が日付が変わった事を示したと同時に、僕は入力していたメッセージを晃に送信した。 よかった、ちゃんと送れた。 スマホをベッドのヘッドボードに戻してほっと一息つけば、色はようやく僕が何をしていたのか気がついたみたいだ。 ああ、と小さく呟いて僕にペットボトルを渡してから、色も自らのスマホを手にしてメッセージを入力する。 その顔はおめでとうのメッセージを送っているにしてはなんだかちょっと不機嫌そうだった。 「もしかして……まだ怒ってるの?」 顔を覗き込めば、メッセージを送り終えたらしい色の瞳が気まずそうに泳ぐ。 その口元はいつも以上にむすっとへの字に曲げられている気がした。 「……あいつは何もわかっちゃいねぇんだよ。」 昨日…ううん、日付が変わったから一昨日になるのかな。色は晃と喧嘩しちゃったらしい。 その日の夜に見回りに来た木崎先生相手に「晃の首に縄つけて見張ってろ!」って物凄く怖い顔してにじり寄っていた。 あまりの剣幕に僕も先生も詳しい話は聞けずじまい。だけど、それは晃を心配しての事なんだと思う。 眉間に皺を寄せ、いつもよりぶっきらぼうに紡がれたその言葉の中には心配と愛情がある事を僕は知っているから。 「ねぇ、色。……晃の事、好き?」 眉間に皺を寄せていた瞳が、大きく見開かれる。答えに迷ったのか、それとも恥ずかしかったのか、その視線は一瞬左右に泳いで、でもまた真っ直ぐに僕を見つめた。 「……嫌いならこんだけ長い間つるんだりしてねぇよ。」 わかっていたはずの答えにほっとして、それからほんの少しだけ胸が痛んだ。 僕はそれを誤魔化すように受け取ったペットボトルの蓋をひねり、こくりと水を飲み干す。 「あ、変な意味じゃないからな?その、友人って意味で、だからな。」 顔に出したつもりはないんだけど、色は僕の顔を覗き込み、ボトルを握っていた僕の手に自らの手を重ねた。 さっきまで感じていた温もりが、また僕の手に灯る。 「わかってるよ。僕も、晃の事大好きだから。僕にとっても大事な大事な人だもん。」 不安にさせたくなくて笑って答えたんだけど、色は眉間に皺を寄せなんとも言い難い顔をみせた。 「……なんかそう言われると微妙な気分だな。」 ほんの少し口をとがらせたその顔はいつもより少し幼く見えた。もしかしたら、さっき僕も同じような顔してたのかな。 僕達は互いに顔を見合せて笑った。 藍原晃(あいはらあきら)という人は、僕と色にとって色んな意味で特別な人なんだ。 「飛鳥、今回は俺も早朝リハやるからな。……きっちり弾いて、あいつに思い知らせてやる。」 「うん。」 僕達が晃の置かれた環境に気づくまで、晃はずっと一人で戦ってきた。自らの事情も、恋心も笑って隠して、その上で僕達を助けてくれた。 だから今度は僕達が晃を支えたい。晃本人が望んでなくても、お節介だって言われても、絶対、絶対それだけは譲れないんだ。 僕達なりのやり方で、僕たちの気持ちを晃に伝えなきゃ。 大好きとありがとうを。 「しっかり届けようね。」 「ああ。思い知らせて、説教だ。」 互いに顔を見合せて、小さく頷く。 への字に曲がっていた口元がうっすらと弧を描いたと思った瞬間には色の顔が目の前にあって、僕達の唇が重った。 ふわりと熱を灯してすぐに離れていこうとした色に、僕は咄嗟に腕を伸ばす。 驚きに見開かれた色の瞳は、けれどもすぐに閉じられた。 一瞬離れた熱はまた重なって、唇から身体中を巡り、おさまっていたはずの衝動を呼び起こしていく。 色に手を伸ばしたせいで投げ出されていたペットボトルがころりと転がってベッドから落下したけど、もうそんな事気にする余裕もなかった。 角度を変えて何度も。唇を擦り合わせながら、熱に溺れていく。そうして気がつけば僕の身体はシーツの海に沈んでいて、見慣れた天井と欲望の灯った瞳が僕を見下ろしていた。 「飛鳥、」 切なく苦しげに名前を呼ばれれば、僕の心臓はどきりと高鳴る。 「しき、」 この人が好き。 どうしようもないくらい好き。 その視界に自分だけを映してほしい。もっと深く、熱く。 さっきまで友人の事を考えていたはずなのに、僕の思考はあっという間に目の前のこの人でいっぱいになっていた。 晃、ごめんね。 これだけはどうしても、何があっても、……晃にだって譲れないんだ。 触れ合いたい衝動を抑えられなくて、僕は見下ろす瞳に手を伸ばす。 その頬に触れて、首に手を絡めて抱き寄せて。近づいてきた唇に互いの吐息を感じて、僕は瞳を閉じたのだけれど、 ピリリリッ タイミングよく音を立てたスマートフォン。 しんとしていた部屋にいきなり響いた電子音に僕達はびくりと肩を弾ませ我に返った。 「「あ。」」 そうだ、明日本番だ。しかも早朝リハーサル。 ああああ、どうしよう、すっかり忘れてた。 僕は慌てて色から離れて身を起こし、火照った身体を誤魔化すようにヘッドボードに置いていたスマートフォンを手に取った。 ――メッセージありがと。仲がいいのはいい事だけど、夜更かしは程々にね? もしかして、どこかで見られてる……? 黒猫さんがニヤリと笑うスタンプと共に送られてきたメッセージに、僕達は顔を見合せて、思いっきりふきだした。

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