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第36話
僕は握りしめていたCDをそばにあった椅子に置き、あらためて三人の顔を一瞥する。
それを口にする恐怖に、僕は自らの拳を握りしめた。
「……俺は外で待っとく。三人の方がいいだ…」
「ここにいて。」
はっきり告げて目で制すれば、退出しようとしていた先生はピタリと動きを止める。
「……そもそも先生にだけは話すつもりだったんだ。でないと、命に関わるから。」
僕の口から出た言葉に、三人はほとんど同時に目を見開いていた。
言わなきゃ。
たとえそれで皆が離れていくことになったとしても。
隠すことが守る事になると思っていた。だけど、違う。この人達はどこまでだって僕に寄り添ってくれるつもりだってわかったから。
だから、ちゃんと言わなくちゃ。
「これで、本当に最後。もう隠し事は無いよ。」
三人が見守る中、僕はゆっくりと息を吐く。
「……嘘、ついてた。僕の両親が離婚した理由は、本当はちょっと違うんだ。」
反応が怖い。
ばくばくと高鳴る心臓。
眉をひそめた三人を前に、僕はぎゅっとシャツの裾を握る。
「父さんがあのタイミングで離婚までして僕をあの人から離さなきゃいけなかった理由……」
中学二年生だったあの当時、あの人の態度が豹変して暴力を受けることは、既に日常だった。
もうこんな事は起きないかもしれない。次は大丈夫。そんな淡い希望を抱く父さんに僕は全てを諦めていた。
それでも、そんな父さんですらこのままではいけないと離婚を決断させた理由。
握りしめていたシャツの裾を捲りあげ、僕は皆に素肌をさらした。
露になった腹部に残る浅黒い痣。以前葬儀場で初めてそれを晒した時と同じように、みんなの顔が苦痛に歪む。
けれどそれよりもさらに上、シャツが胸まで捲りあげられた時、それを目にした三人の瞳は驚愕に見開かれた。
「……あの人のヒステリーが、暴力で済まなくなったからなんだ。」
反応が怖くて視線を反らせたけど、皆の視線が僕の左脇に注がれているのがわかった。
打たれた痕じゃない。明らかに刃物で切りつけられた深い傷痕。
皆の視線に耐えられなくて、僕はシャツを下ろし自らの身体を抱きしめた。
「そんな、……」
震える身体で自らの口元を覆い涙をこぼす飛鳥の隣で、色 はぎ、と僕を睨みつけた。
「お前!っ、なんで今まで!」
叫びと共に伸びてきた手が僕の胸ぐらを掴みあげる。
「櫻井!」
先生の静止の手が伸びるより早く強い力でシャツを引かれ、色の胸に倒れ込む。
思わず恐怖にまぶたを閉じたけど、思っていたような衝撃はなくて。色の手は僕の背中に回され、僕を抱き締めた。
その温もりと力強さに、胸が詰まる。
「……気づいてやれなくて…ごめん、」
耳元で掠れた声が聞こえた。
ぎゅっと僕を抱きしめるその手は震えていて、嗚咽を押さえつけようと必死に堪えるその息遣いが僕の心臓を締め付ける。
ずっとずっと一緒にいたのに、こんな色を見たのは初めてだった。
僕はそっと色の背中に手を回す。
「……言えなくて、ごめん。」
今までずっと言えなかった言葉が、涙とともにこぼれ落ちた。
背中に回された手が強く強く僕を抱きしめてくれる。
そっか。
手を伸ばせばよかったんだ。
声を上げて手を伸ばせば、その手はいつだってこうして僕を抱きしめてくれたんだ。
言えばよかった。
ううん、言わなきゃいけなかった。この人は僕の大事な親友なんだから。
色と、そしてもう一人。
「飛鳥 。」
僕は色の胸から顔を上げ、泣きじゃくっていた飛鳥に片手を広げる。
「っ、あきらぁっ!」
ぼろぼろに泣き崩れなが全力で飛び込んできた飛鳥を僕と色で受け止めてやれば、飛鳥は僕たちの背に手を回し、息苦しくなるくらい全力で抱きついてきた。
「も、っ、ぜったい、絶対、一人になんてさせないからぁっ!」
「うん、…ありがと。」
亜麻色の瞳を真っ赤に腫らして僕の肩に顔を埋める飛鳥の頭を色と二人で撫ぜながら、僕達の瞳からも涙が一筋こぼれ落ちる。
ずっと隠して抱えていたものが、手からこぼれ落ちていく。
喪失感と罪悪感が胸の片隅に引っかかって重くぶら下がっているはずなのに、身体は凄く軽かった。
ごめんねって、その一言すら上手く言葉にならなくて、涙は止まらず多分酷い顔してたはずなんだけど。それでも同じように泣き崩れる親友二人の温もりと、一歩離れた位置から真っ直ぐに僕を見つめるその視線をじんわり感じて、ぼろぼろの僕の身体のその内側は、けれど青空みたいにすっきり晴れ渡っていた。
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この件に関してこれ以上細かな描写をすることはありません。
こんな事で涙をさそいたいわけではないし、苦手な方もいるでしょうし。
ちゃんとハッピーエンドですので、最後までお付き合いいたでけましたら幸いです😊
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