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第37話
僕にとっては物心ついた時から当たり前だった事。だけど、みんなにとっては青天の霹靂だったらしい事実。
全てを話して心軽くなった僕とは対照的に、事実を受け止めきれず言葉少なな色 と飛鳥 が心配になって、アイスショーを終え寮に戻ってきてからも僕は先生に断って二人の部屋までついて行くことにした。
いつもなら今日の反省会や来月のショーの話し合いをしているところなんだろうけど、飛鳥の部屋に帰ってきても二人の口が開かれることはなくて、狭い室内の空気は重く沈んでいた。
「ほら、二人ともそんな顔しないの。」
床に座り込み苦痛に顔を歪める二人に、僕はレンジで作った蒸しタオルを差し出す。
「晃 ……、ありがとう。」
「二人とも目腫れてるし、酷い顔してるよぉ?」
「……お前もな。」
三人で並んでベッドを背もたれにして足を投げ出し、ほかほかのタオルを瞼に被せる。
じんわりと心地よい温もりを感じながら、僕らはほとんど同時に長い息を吐き出していた。
アイスショーの疲れも、重苦しい空気も、じんわりじんわり和らいでいく。
「……ねぇ、明日の三者面談さ、その、二人にはやっぱりこないで…」
「こないでほしいなんて言ったらぶん殴る。」
震える声で絞り出した言葉は、一瞬で切り捨てられてしまった。
タオル越しで見えていないはずなのに、むすっとへの字に曲がった口元が脳裏に浮かぶ。
「危ねぇのはわかってんだよ。だから行くんだろうが。まぁ、飛鳥にはできるならきて…」
「きてほしくない。なんて言ったら…えっと、ぶ、ぶん殴る、からね。」
色の向こうから聞こえてきた声に、僕達はほとんど同時に吹き出していた。
ほんと、僕の周りにはお人好ししかいないんだから。
いつの間にか和らいでいた空気の中で、僕はほう、とまた息を吐く。
「……二人とも、ありがとね。」
そっと僕の頭に乗せられた色の手が、無言で僕の髪を掻き乱した。
恋人という関係にならなくても、二人はこんなにも僕を思ってくれる。それは、想像もしていなかった事だった。
だってそうでしょ、家族愛なんてものは信用出来ないし、交友出来る人間を決められてた限定的な環境で出会った友人が、まさかこんなにも僕を思ってくれるなんて思わないじゃん。
誰かにそばに居てもらうには恋愛って特別な感情が必要なんだと思ってた。
実の子が打たれようが殺されかけようが、寄り添い続けようとするような強い想いが。
……僕の世界って、本当に狭かったんだな。
逃げたつもりでいたけど、僕はずっとあの閉鎖的な世界に囚われたままだったんだ。
「……色、」
タオルを掴み下ろして真っ直ぐに隣を見れば、同じように僕を見返してくれる瞳。
怒ってないのにむすっとへの字に曲げられた口元に、僕は気がつけば口角を上げていた。
「色、好きだよ。」
「、」
色の瞳が見開かれる。
言えない。言っちゃいけない。ずっとずっとそう思っていた言葉は、信じられないくらいするりと口からすべり出た。
「っ、あの、」
いきなりの言葉に動揺してタオルを投げ出し詰め寄ってきた飛鳥。その手が不安げに色の腕にぎゅっとしがみついたのが目に入って思わず声を上げて笑ってしまった。
「飛鳥の事も、大好きだよ。」
「あ、」
亜麻色の瞳がまん丸に見開かれる。
「っ、僕も、僕も大好き!」
色の腕に絡みついていた手が、今度は僕の事をぎゅっと抱きしめてきた。
同時に色の目がじとっと細められ、何か言いたげに視線を送ってきたのでやっぱり笑ってしまう。
「二人とも、明日はそばにいてね。」
万が一にも何か起こってしまったら。
僕だけじゃない、先生だって、もしかしたら色と飛鳥にだって危険が及ぶかもしれない。
ずっとずっと、悩んではいたんだ。
二人には知られたくなかったし、危険な目に合わせたくなかった。だから、二人は遠ざけなきゃって思ってたけど。
手を伸ばして、甘えてもいいんだろうか。
僕は抱きついていた飛鳥の身を離して、真っ直ぐに二人を見つめる。
「明日さ、もし最悪の事態になったら……先生を助けてあげてね。」
おねがい、と頭を下げた僕の願いを、色は鼻で笑い飛ばした。
「木崎も、な。お前には借りを作りっぱなしなんだよ。……少しは返させろ。」
「晃にはたくさん、たくさん助けて貰ったから。だから今度は僕達の番だよ。」
ありがとうと、声を絞り出すのが精一杯だった。
せっかくタオルで温めて少しはマシになったはずなのに、また瞳から涙がこぼれそうになって、僕は俯き手にしていたタオルをぎゅっと握りしめた。
「……なぁ、晃。」
俯く僕にぽつりと落とされた声。
「お前さ、もう隠し事はないなんて言ってたけど……もう一つあるんじゃねぇの?」
「へ?」
訳がわからず顔を上げれば、色の瞳が真っ直ぐに僕を見つめていた。
「木崎。惚れてんの?」
「っ、」
予想外すぎる言葉に、一瞬呼吸が止まる。
「え、うそっ、」
飛鳥も驚きに弾かれたように肩を震わせ、離れたはずの身体がまた一瞬にして吐息を感じるほどに距離を詰めてくる。亜麻色の瞳はキラキラと輝いていた。
その勢いに思わず仰け反ってしまったけど……まぁ、二人には言わなくちゃいけない事だとは思うわけで。
じっと厳しい視線を送ってくる二人に、僕は気がつけば居住まいを正していた。
「えっと、…………うん。」
気恥しさに視線を泳がせつつ頷けば色も飛鳥も目を見開く。
「……マジか。」
「そっか。……そっかぁ。」
二人の口元が優しく弧を描いた。
なんかこう、しみじみされちゃうと背中がムズムズする。
室内の空気に耐えられなくて、この話はもう終わりとばかりに、僕は手にしていたタオルを再び瞼にかけベッドに背中を預けた。
「木崎ねぇ。」
「木崎先生はいい人だよ。」
「まぁ、悪いやつじゃねぇけど。……なぁ?」
二人の言葉は聞こえなかったふりをした。
うん、まぁ言いたいことはわかる。
僕もなんでこうなっちゃったのかいまだに謎なところがあるし。
それでも、胸の片隅におさまってしまった感情は間違いないって確信があった。
あーあ、本当に二人には全部知られちゃったな。
僕の全てを知った上で、変わらずそばにいてくれる人達がいる。
それはつまり、明日も、望みのない恋も、この先どんな結果になろうと僕は一人じゃないって事。何があっても、きっと大丈夫だって事。
「お前あれか。ろくでもない男にハマるタイプ…って、っ、タオル投げんな!」
「あー、そうですよそうですよ。どうせ僕はダメな男に引っかかってばかりですとも。」
「え!?そ、そそんなことない!絶対ないよ!」
「……なんで飛鳥がムキになってんだよ。」
恐怖しかない明日を前にして、それでも僕は親友二人を前に、気がつけば思いっきり笑っていた。
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