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第44話
「あなたはどうしてこうも問題ばかり!」
怒りに震える人差し指をつきつけ、今にも掴みかからんばかりに詰め寄る校長に、けれど先生は眉ひとつ動かす事無く言いたい放題にさせている。
このままじゃ最悪な結果になるかもしれないのに。
「せ、先生は悪くない!ん、です。僕を守ろうとしてくれただけで、」
「どんな理由であろうと保護者に暴力を奮ったのは事実!今回ばかりは言い逃れできませんよ!」
何とかしなきゃ。そう思うのに、僕の言葉は喚き立てる校長にかき消されてしまう。信じられない、ありえない、そんな言葉を繰り返し半狂乱に叫びながら、他の保護者の耳に入ったらどうしてくれるんだと校長は頭を抱える。
「あの、でも、一方的に木崎 先生を悪者にするのはおかしいと思います。先生や晃の話もちゃんと…」
「真実なんて関係ないんですよ!木崎先生は我が校の信用を著しく傷つけた!それが全てです!」
残り少ない髪の毛を掻き乱し、校長はその指を再度先生へと突きつける。
「とにかく、二度目はないとあなたには伝えていたはずです!今度こそ先生には然るべき処分を受けてもらいます!」
まって。
今、校長は何の話をしてるの?彼の話が、怒りの矛先が、次第に僕たちの知らない何かにすり変わっている。
色 も飛鳥 もその事実には気づいたみたいだけれど内容までは思い至らないようで、僕の視線での問いかけに肩を竦めた。当の先生は先程から一貫して口を開こうとしない。
校長の言うことが正しいんだと、まるで自らを追い詰めているみたいに見えた。
「木崎せんせ、」
ねぇ、何か言ってよ。どうしちゃったの。
スーツの裾を引いても、先生は僕と目を合わせようともしない。僕の、僕達の存在すら見ていないようだった。
僅かに俯き、焦点の合わない瞳で、先生はいったい今何を見てるの?
「春からの担任は降りていただきますよ。明日の面談もです!あなたに生徒は任せられない。」
「そっ、そんな!酷すぎます!」
「……このハゲ。」
色の言葉は幸いにも校長には届かなかったらしい。
色と飛鳥に詰め寄られても、校長のヒステリーがおさまることは無かった。
「生徒に深入りはするなと六年前にも伝えたはずです!これ以上あなたに生徒を任せてまた殺させる訳には行きません!」
「っ、」
木崎先生が肩をふるわせる。
聞こえてきた単語に、色と飛鳥もビクリと驚きに身体を硬直させた。
その視線が木崎先生へと注がれる。
「え、」
「木崎……?」
そういう、ことか。
困惑で言葉も出ない二人を目の前に、けれど僕の頭の中ではパズルのピースがカチリとハマった。
そして同時にふつふつと全身の血液が沸騰していく。
「……それ、関係ない話でしょ。」
みんなの視線が僕に注がれたのがわかった。
学校の信用、生徒に深入り、六年前、そして……また殺される。
僕は校長に食い下がっていた色と飛鳥を押しのけ、気がつけば校長に詰め寄っていた。
「な、なんだね、」
「自殺、だよね。先生は一切関係ない。」
「っ、藍原 、おまえっ、」
僕の背後から動揺した先生の声と、僕を止めようと伸びてきた腕を僕は払い落とした。
僕が一歩詰め寄れば、校長は一歩後ろに下がる。
「し、しかし木崎先生が関わっているのは明白で、」
「なにそれ。助けようとしただけでしょ!それの何がいけないのさ!」
「藍原、やめろ!」
掴まれた腕をまた払い落とす。
なんで、なんで、こんな事で先生を責めるの?
悪いのは僕なんだ。責められるのは僕であって、先生じゃない。
なのに、何なのこれは。
全く関係のない過去の、しかも勝手な言い分で木崎先生を責め立てる校長も、それを一切反論もせず受け入れている先生も、みんなみんな、許せない。
「何の証拠もないのに人殺し扱いなんて、なんで先生が全部悪いみたいになってるのさ!今だって、六年前だって、先生は守ろうとしてくれただけでしょ!」
なんで、なんで、なんで、
なんでこの人がこんな思いをしなきゃなんないの。
「藍原、落ち着け、」
「ふざけんな!こんな事で罰なんて、そんなの絶対許せない!」
ぎ、と校長を睨みつけまた一歩詰め寄れば、一歩下がった校長の身体は壁際の資料閲覧用のカウンターデスクにぶつかり、ガタリと音を立てた。
「ひ。き、き君、暴力は、」
「あんたがやってる事だって言葉の暴力だろ!」
「藍原!」
止めようと伸びてきた先生の手をパシリと叩き、払う。
けれど、それでもその手は僕の肩を軋むくらい強く掴んで、真っ直ぐに僕の顔を覗き込んできた。
「はなっ、」
「あきら!」
鼓膜を突き抜ける叫びにも似た声。がくりと肩を揺すられて、一瞬にして沸騰していた頭から熱が引いていく。
「もういい!」
肩を掴みじっと僕を見下ろすその顔は何故だか泣きそうに見えて、僕の口から言葉を奪った。
「もういい。」
もう一度、今度は優しくそう告げた先生は、呆然とする僕から校長へと向き直り、ゆっくりと歩み寄る。
「き、きき木崎先生……?」
恐怖にひぃっと自らの顔を庇う校長を前に、先生はスーツの内ポケットに手を伸ばし、取り出したものを校長の背後のカウンターデスクに叩きつけた。
バシンっ、と室内に響いた激しい音に、校長の身体は震え上がりそのまま床にへたり込む。
けれど、そんな醜態を眺めてる余裕なんてどこにもなかった。
「……ちょっと、まって、」
叩きつけた先生の手のひら、その指の間から見えた封筒の文字が目に飛び込んでくる。
「責任はとります。だから、この件は俺が最後までやらせてもらう。」
なんで、そんなもの持ってるの。
どうしてそんなものがここにあるの!?
退職願。
叩きつけられた封筒に記されたその三文字に、いまだぐつぐつと煮えたぎっていた血液は、ざ、と音を立てて僕の身体から引いていった。
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