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第45話
「……なに、してんの。ねぇ、何してんの!」
一張羅だと言っていたネクタイをシャツごと掴みあげる。
けれど先生はやっぱり顔色一つ変えず、その口元にはうっすらと笑みすらうかぶ。
「もういい。必要ならこうすると初めから決めてた。」
「な、いいわけないっしょ!」
何言ってるの、この人。
そんな、そんな簡単に捨てられるものじゃないはずでしょ。
こんなことあっていいはずないのに。
デスクに叩きつけられた封筒を回収しようととっさに手を伸ばしたけど、先生の手が僕の手首を掴んだ。
「帰るぞ。」
「ちょ、離して!」
先生は僕の手を掴んだまま、床にへたりこんだ校長を無視して無理やり僕を部屋から引きずり出す。納得いかないと必死で抵抗したけど、先生はビクともしなかった。
「いいからこいっ。ほら、お前達も帰るぞ。」
色 も飛鳥 もいまだ現状が理解できずに呆然としていたけど、暴れる僕と先生の声にはっと肩を震わせる。
「ちょ、おい、木崎 。」
「まって、……あ、あの、失礼しますっ、」
後ろをついてきた二人に何とかしてよと手を伸ばしたものの、二人もどうしていいのかわからず互いに顔を見合わせるだけ。
離してと何度叫んでも先生は僕の手首を掴んだまま決して離そうとしなかった。腕がちぎれんばかりに強い力で引きずられ、ついには職員棟を離れ校門まで引っ張り出されてしまう。
……もう、手遅れだ。
今更退職願を白紙撤回なんて事できないだろう。僕は何も、何も出来なかったんだ。自分の意思を貫くことも、先生を守ることも、何も。
事情聴取に校長のお小言と長い時間拘束されていたせいで外はいつの間にかすっかり茜色に染まっていた。
綺麗なはずのその空も、今の僕には絶望の色に見えた。絶望に染る世界で、真っ直ぐに僕の手を引く大きな手。もう、抵抗する気力すらなかった。
「……ねぇ、このままじゃ教師辞めなきないけないんだよ?」
「それでいい。もう決めた事だ。」
駄目なんだ、この人は教師でなくちゃ駄目なんだ。
教師という職にこの人がどれほどの思いと覚悟を持っているのか僕は知ってる。誰よりも生徒を思ってくれる優しい人だって知ってる。それなのに、僕のせいで奪われるなんて。
そんなの、そんなの、
「そんなの……、…嫌だよぉ…っ、」
絞り出した声は情けないくらい震えていた。
滲む視界。溢れ出そうになるものを堪えるために拳を握りしめ奥歯をぎゅっと噛み閉めれば、ようやく先生はピタリとその足を止め、ふり返る。けれどその視線は僕ではなく僕の後ろへと向けられていた。
「櫻井、美鳥。」
同じように足を止めた二人は、いまだ困惑の表情で僕と先生を見つめる。
「最後まで俺がやり通すつもりではいるが……何かあったら、こいつの事頼むな。」
穏やかなその声は、全ての覚悟を決めているんだとわかった。
色と飛鳥は目を見開き、言葉を失う。二人の答えを待たずに、先生はまた僕の手を引いた。
誰にどんな言葉をかけていいのか分からず、僕は立ちつくす二人が少しずつ小さくなっていくのをただ見ていることしかできなかった。
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