55 / 74

第48話

「遺書が見つかったんだ。そこには予め書かれていた文章と違うインクで、最後に書き足されてたんだと。……木崎先生、ごめんなさいってな。」 俯く先生を前に、僕は思わず自らの胸をぎゅっとおさえた。 胸が苦しい。 「助けてやりたいって、俺の気持ちばっかり押し付けて、あまつさえ頬を打って……俺があいつを追い詰めたんだ。」 重ねていた手をそっと撫ぜる。 この人は、ずっと、ずっと抱えてたんだ。 誰にも言わず、悟らせず、一人で抱えて今日までいたのかと思うと、僕は、僕は、 「……やっぱり、先生は悪くないじゃん。」 絞り出した声が震えていたのは、悲しみより怒りの気持ちが大きかった。 ぽかんと顔を上げた先生を、僕はぎ、と睨みつける。 「は?お前話聞いて…」 「なんで、こんな事もわかんないの?どうして柊木さんの気持ち、わかってあげないの?」 なんで、誰も気づけなかったの?先生に言ってあげなかったの? こんなの、柊木さんが可哀想だ。 「死ぬ間際に書いた最期の手紙だよ?嫌ったり恨んだりしてる人間の名前なんてわざわざ書き足したりしないよ。大切な人に伝えたいから書いたんでしょ!」 ぴくりと、触れていた手が小さく震えた。困惑の瞳が僕を真っ直ぐに見つめる。 「遺書、予め用意してあったんでしょ?柊木さんは先生と話した時には死にたいって話してたんでしょ?それなのに柊木さんが亡くなったのは一週間後だったんだよ!?」 気がつけば先生の胸ぐらを掴んでいた。 「一週間生きたんだよ!悩んだんだよ!先生が柊木さんの事を本気で思ってくれたから!」 「そ、んなこと……」 「先生に責められたからじゃない、打たれたからでもない。先生の気持ち、ちゃんと伝わってたのに、自分に負けちゃったから『ごめんなさい』なんでしょ!」 ごめんなさいは、木崎先生を責めるものじゃない。感謝を伝えるためのものだ。 周りも、先生自身も、そんな事すらわからずにずっと責め続けてたっていうの?六年もの間、ずっと。 「柊木さんは自分に負けちゃった。だけどそれは絶対に木崎先生のせいじゃない!先生以外に誰も彼に寄り添ってあげなかったからでしょ!」 この人は何も悪くない。だから、柊木さんは最期の手紙に残したんじゃないか。後ろめたさから伝えられなかった感謝を、ごめんなさいに託したんじゃないか。 「そんな、こと……そんな、都合のいい解釈……」 縋るように僕を見つめるその瞳は、ひょっとすると今、僕じゃない誰かを映しているのかもしれない。 僕に重ねている誰かからの言葉を、この人はきっとずっと探していたんだ。 だからちゃんと、僕が伝えてあげなくちゃ。 「保証してあげる。木崎総士は生徒思いのいい先生だよ。」 自分でもびっくりするくらい穏やかな声だった。 びくりと肩を震わせた先生に、大丈夫だよって手を伸ばそうとしたのだけれど。僕の手は先生の頬に届く前に大きな手に掴まれ思いっきり引かれた。 ぐらりと前に傾いた身体を、腰に回された手に強く抱き寄せられる。 「せんせ、…」 「……、」 耳元で聞こえた震える吐息に、言いかけた言葉は消えてしまった。 震える身体に僕もそっと手を回し、優しく抱き寄せる。 漏れ聞こえる小さな嗚咽も、先生が顔を埋める僕の肩がわずかに濡れているのもわかっていたけど、僕は何も言わずに抱きしめてその髪を撫ぜた。 いつも、誰かさんがそうしてくれるみたいに。涙が止まるまで、ずっと。

ともだちにシェアしよう!