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第50話 出した答えは
やるべき事はわかってる。僕のそばについていてくれる人達がいる。
あとはただ、口にすればいい。僕の出した答えを。
「おはよ、お二人さん。」
「晃 、あの、おはよう。」
「おはよう。……元気そうじゃねぇか。」
眉をひそめる色 に、僕はまぁねとウインクで返した。
昨日と同じ、職員棟にある生徒指導室前。当たり前のようにそこにいてくれた色と飛鳥に、僕はありがとうと笑ってみせる。
昨日あんな別れをしてしまったから色々と心配させただろうし、納得のいかないことも多々あったんだろうけど、昨夜届いたのは色からのメッセージ一件だけだった。
――お前ら二人でちゃんと話せ。このままじゃ何も解決しないまま最悪の結果を見るだけだぞ。
僕と先生の二人でゆっくり話し合えるように気を使ってくれたんだろう。二人とも色々と聞きたそうな顔をしているけど、こうして顔を合わせた今も何も聞いてはこない。
信じてくれているんだろう。全てをきちんと終わらせてから、二人には後で全部話さなくちゃ。
「……大丈夫なんだな?」
色の視線は僕ではなく木崎 先生へ。
飛鳥も先程から不安げに眉根をよせて先生に視線を向けているが、当の先生はどこかスッキリした顔をしていた。
昨日と同じくきっちりとスーツとネクタイを着こんでいるくせに、その表情はいつもみたいに緩んでる。
いつもと変わらない先生に、逆に色と飛鳥の方が難しい顔してるくらいだ。
「あちらさんがどう出るか、だけどな。こっちは首かけてんだ、最後まで俺がやらせてもらうさ。」
そう言って先生は背後を振り返る。
ひぃっ、と職員室から覗いていた校長の顔が悲鳴とともに引っ込んだ。
おそらくは様子を見て割り込んでくるつもりなんだろうけど、あの調子ならとりあえず放っておいても大丈夫だろう。
色と飛鳥は互いに顔を見合せこくりと頷いてから、先生へと向き直った。
「先生、晃の事お願いします。」
「頼んだぞ。」
改まって頭を下げる飛鳥と色に、先生はああと頷く。
二人はそのまま昨日と同じように進路指導室の隣にある資料室へ。
残された僕と先生は職員室から顔をのぞかせる校長を再度睨みつけて牽制しつつ、その時を待った。
「ねぇ、……これが終わったらさ、打ち上げしよっか。」
「あー、そうだな。どっか飯でも行くか?」
「え、じゃあさ、スケート部で焼肉いこーよ。顧問の奢りで。」
「却下。」
互いに厳しい視線は前に向けたまま。けれど、いつものように軽口を叩き合う。
うん、大丈夫。いつもの僕達だ。
そこには恐怖も不安も迷いもない。
「ケリ、つけるぞ。」
「うん。」
カツカツと近づいてくる足音。
階段を上るその音を聞きながら、僕は小さく息を吐く。
やるべき事はわかってる。まずは、あの人を三者面談の席に着かせること。先生の隣で、先生と一緒に、全てに決着をつけるために。
ベージュのカーディガンに白のロング丈のスカート。横髪を後ろでまとめる真珠の付いた髪留めと手にしている白の革製のハンドバッグは、たしか父さんからのプレゼントだったはず。
姿を現したその人を僕はどこか客観的に見ていたけど、僕達の姿を目にしたその人は驚きに瞳を瞬かせ足を止めた。
まぁ、排除したかった相手が堂々と僕の隣にいるんだから当然だろう。
訝しげに歪められたその口元が不満の声をあげる前に、真っ先に動いたのは先生だった。
あの人の元へ歩み寄った先生は、いきなり目の前で勢いよく頭を下げる。
「あの、」
「昨日は大変申し訳ありませんでした!」
廊下に響き渡る声で深々と。
いきなりの盛大な謝罪に戸惑いをみせたその隙に、先生はさらに畳み掛ける。
「本日で教師の職を辞します。」
本当に申し訳ありませんでしたと再度謝罪の言葉を口にした先生に、目の前のその人は言葉を詰まらせる。チラリ、下げた頭を少しだけ上げた先生は、目の前の人を注視した。
「……ですが、本日までは教員です。今日の面談は、俺にやらせてください。」
「な、」
完全に虚を突かれぽかんと開いた口は、すぐさま怒りに震える。
「そ、そんなこと認められません!教員でなくなる人とお話したって意味はないでしょう!?」
声を荒らげるその人を前に、先生は頭を下げたまま微動だにしない。
ついには職員室から校長が青い顔を覗かせてきたけど、ここで他の先生達に出しゃばられたら、木崎先生の行動は全て無駄になってしまう。そんな事は絶対にさせない。
今にも声を上げて飛び出してきそうな校長を制するために、僕はゆっくりと二人の前に歩み出た。
ハンドバッグを握りしめ、肩を震わせていたその人に、僕はにこりと微笑んでやる。
「晃ちゃん?」
「じゃあ、帰って。」
先程までの先生との軽口の延長みたいにさらりと口から出た言葉は目の前の人を凍りつかせるのに十分だったらしい。
先生も予想外だったのか、驚きに顔を上げる。
「藍原、」
「あ、あ、晃ちゃん、」
いつだって恐怖に怯えながら言いなりになってきた僕からこんなふうに否定されるなんて思ってもいなかったんだろう。
思いっきり狼狽えるその人に、僕はあえて笑顔のまま続けた。
「木崎先生は一年の時も担任だったんだ。部活の顧問でもあるし、この人以上に僕の事を知ってる人はいないよ。」
「で、でも、」
「僕の事を知らない先生と話をしても意味がないでしょう?他の先生がいいって言うなら新しい担任が決まって落ち着いてからまた連絡するよ。」
……まぁ、その頃まで僕がこの学校にいればの話だけど。
今日がなければ次は無い。言葉にはしなかったけど、僕の意思はきちんと伝わったらしい。ぽかんと驚愕に開かれていた唇がぎゅっと噛み締められる。
けれど、それはすぐに穏やかな笑みへと変わった。
「……もう、しかたないわね。」
駄々っ子を諭すように、優しく、穏やかに。でもその目が全く笑っていない事に僕は気づいていた。
だけど、恐怖は感じない。隣の資料室から息を殺して様子を伺っている二人の存在と、なにより僕の隣には、
「じゃ、中で話そっか。」
チラリと隣に目を見上げれば、ニヤリと笑う先生の顔。
この人達がついていてくるんだ。怖い事なんて何もない。怖いどころか、どこかスッキリした気持ちだった。
「いくぞ。」
「うん。」
ぽん、と先生に軽く背を押されながら、僕達は生徒指導室での話し合いの場についた。
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