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第60話
結局そのまま互いに熱がひくことはなく、獣みたいに激しく抱き合った。
主導権を譲らず欲望のままに互いを貪って、結果避妊具も体力も底を尽きて。限界の中でなんとか総士 さんが身体を清めて青臭い空気の充満した部屋の窓を開けてはくれたけど、あとはもう起き上がることすら億劫で裸のままベッドに手足を投げ出し二人して力尽きている。
「……ねぇ、昔相当遊んでたでしょ。」
「お前もな。」
顔を見合せぷっ、とふきだしたのはほとんど同時だった。
ある程度の予想はしてた。向こうも僕の事は知ってるわけだし、いまさら純情ぶるつもりもなかったけど、でもこれはさすがに酷い。想いを伝えあってからの最初で最後のセックスが、ムードも何も無く、記憶に残るどころか何度達したか記憶にないくらい激しいものだったなんて。……まぁ、僕達らしいといえばらしいのかもしれないけど。
この人を身体全てで感じることが出来たあの時間、僕は確かに満たされていた。誰と肌を重ねても得られなかったもので僕の心臓はいっぱいで、泣いて鳴いて、もうわけがわからなくなって。何度となくしてきた行為なのに、こんな事初めてだった。
だけど、それももうすぐ終わり。
「……藍原 、」
そう呼ばれて、ふわふわと余韻に浸っていた意識は急に現実に引き戻された。
多分顔に出してしまっていたんだろう。ゆっくりとその場に身を起こした総士さんは、苦しそうに眉間に皺を寄せながら僕の髪を優しく撫ぜる。
「お前、明日から寮に戻れ。」
予想していた言葉に、けれど僕の心臓はズキリと音を立てた。
「こうなった以上、お前をもうここには置いとけねぇよ。」
まぶたの裏がつんとして何かがこぼれ落ちそうだったけど、ぐっと噛み締め耐える。
これが、この人の答えだ。
先生と生徒に戻る。それは、この先も教師であり続けるとこの人が望んでくれたってこと。
僕の望みでもあるんだからこれは喜ばなきゃいけないことなんだ。
必死に自分に言い聞かせる。
「……わかった。」
なんとかその一言だけを絞り出して小さく頷いた。
「明日になったら全部忘れろ。」
わかっている。僕達はただの教師と生徒に戻って、またいつもの生活に戻る。軽口叩いて、馬鹿やって。そこに特別な感情は何も残らない。残しちゃいけない。
「……あと一年の間は、な。」
ぽつりと落とされた言葉の意味を考えるより早く、僕は勢いよくその場に身を起こしていた。
「え、」
ズキリと腰に痛みが走ったけど、そんな事気にしてる場合じゃない。
信じられないと詰め寄って真っ直ぐ見つめれば、総士さんは困ったように笑う。
「待ってて、くれるの……?」
気まずそうに視線を泳がせ、返事の代わりに返ってきたのは小さなため息。
「……俺は、これが最善だとは思ってない。」
静かに呟かれる総士さんの声にただ黙って耳を傾ける。期待と不安にじ、と縋るような視線をおくれば、そっとのばされた手が僕の頬を撫ぜた。
苦しそうに歪められた顔が、僕を真っ直ぐ見つめる。
「だから忘れろ。忘れて、今までみたいに適当に遊んで最善の相手を探してろ。」
今、どんな顔してそんな事言ってるのか、この人はわかっているんだろうか。
そんな顔で、そんなこと言われたって、湧いてくるのはこの人への愛しさだけだ。
泣きそうに笑う総士さんに手を伸ばして、僕もその頬を撫ぜた。
「……それでも、忘れられなかったら?」
僕の頬を撫ぜた総士さんの左手がするりとおろされ、僕の腰を抱き寄せる。
唇に吐息を感じたと思った瞬間には、熱が落とされてあっという間に離れていった。
「俺はな、こう見えて独占欲強ぇし、嫉妬深いやつなんだよ。……次はもう離してやる気はない。」
「っ、」
耳元で囁かれた言葉は、一瞬で僕の身体中の血液を沸騰させる。
真っ赤になっているであろう顔を見られたくなくて、僕はそのまま総士さんの肩に顔を埋めた。
ずるい。こんなの、忘れるなんて出来るわけないじゃん。
「一年後、卒業式終わったら絶対言いに行くから。」
「……そん時は、準備室で待っててやるよ。」
視界がじわりと滲む。
込み上げてきたものを誤魔化すように、僕はぎゅっと総士さんに抱きついた。
「っ、おい、忘れるって約束だからな。」
「わかってる。でも、まだ『今日』だから。朝日が昇るまで、ね?」
僕の言葉に、総士さんは大きなため息をつく。
「……好きにしろ。」
呆れ声だったけど、僕の腰に回された腕は優しく抱き寄せてくれたまま。僕達はどちらからともなく互いを見つめて唇を擦り合わせていた。
触れて、離れて。
開かれた窓から外を見れば、漆黒だった夜空はほんの少しだけ明るさを孕んで欠けた月と溢れんばかりの星々を煌めかせていた。
まだ、あと少しだけ。
空が藍色に染まるまでのわずかな時間、僕達は抱き合ったまま互いの体温と唇の温もりを確かめ合っていた。
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