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第61話 カフェオレと答えは飲み込むもの
「――――というわけで、まぁ落ち着くところに落ち着つきまして。」
翌朝、色 と飛鳥の二人と部室である第二音楽室で待ち合わせて、僕はここ数日の事を全て話していた。
木崎 先生の過去、一昨日と昨日二人と別れてから何があったのか。二人には隠す事なく打ち明けた。もちろん、先生の許可は得て……と言うよりこちらが聞く前に「どうせあいつらには全部話すつもりなんだろ?」と今朝、朝食の味噌汁を啜りながら言われてしまった。
そんなわけで遠慮なくぜーんぶぶちまけちゃえば、色は何故だかキレ気味に声を荒げ、飛鳥は……ぼろ泣した。
「っ、……よかった、よかったぁぁっ、」
嗚咽混じりに、思いっきり抱きしめられて一瞬本気で呼吸が止まる。
「あきらは、ぜったい、ぜったい、幸せにならなきゃ、ダメなんだ。っ、ほんとに、よかった……ぅぁぁっ、」
ぐぅっ、と呻き声をあげようとも苦しすぎる抱擁は緩むことはない。
ついには声を上げて泣き出した飛鳥の頭をよしよしと撫でながら色に視線で助けを求めてはみたものの、そしらぬ顔だ。
「で、卒業云々の前に木崎は結局教師のままでいられるのか?」
「そろそろ校長と話してる頃だと思うけど……まぁ、厳しいだろうね。」
「え、」
僕の言葉に飛鳥はようやく涙を止め顔を上げた。ずび、と鼻を鳴らしながらも首をかしげて僕の顔をのぞき込む。
「どうして?木崎先生、何も悪くないのに。」
「六年前のことに関しては、少なくとも校長はそうは思ってないみたいだけどね。今回の事にしても、今は先生達の間で箝口令しかれてるみたいだけど、もし生徒や保護者に広まれば…」
「責任を押し付ける相手は欲しいだろうな。」
色の容赦のない言葉に飛鳥は眉根を寄せて唇を引き結ぶ。ようやくおさまった涙がまた亜麻色の瞳からこぼれ落ちる前に、僕はまたよしよしとその頭を撫ぜてあげた。
「大丈夫。そんなこと絶対させないから。」
パチリとウインクひとつ。にんまりと口の端をつり上げてやれば、飛鳥の瞳はパァっと明るさを取り戻し、背後の色は何故かげんなりと肩を落とした。
「……何企んでるんだ?」
「ふっふっふっ、まぁ見ててよ。」
僕は制服のポケットに突っ込んでいたスマホを取り出し時刻を確認する。
そろそろ木崎先生と校長の話もある程度決着している頃だろう。木崎先生が粘り勝てばそれでよし。そうでなければ……
「さ、じゃあ行こっか。」
何が始まるのかと訝しげな二人を引き連れて、僕達は第二音楽室のある特殊教室等から渡り廊下を通って隣の職員棟へ。校長室のある一階へと降りれば、思った通り廊下に二人の声が漏れ聞こえていた。
『虫のいい話だとわかっています。ですがその、』
『できません!退職届を出したのは木崎先生じゃないですか。い、いまさら撤回なんて認められるわけありません!』
校長の悲鳴に近い声に僕達は顔を見合せる。
まぁ、こうなるよね。おろおろする飛鳥の隣で、これは駄目だなと僕も色も肩をすくめた。
「どうすんだよ。」
「どうするもこうするも、校長を説得するしかないっしょ。」
「あ、直談判するなら僕も一緒に、」
拳を握りしめ突入せんばかりに意気込む飛鳥を片手で制する。
体面を気にするあの校長に正攻法が通じるとは思えない。現に馬鹿正直に頭を下げている木崎先生は相手にされてないみたいだし、生徒が口を出したところで結果は変わらないだろう。
ここはやっぱり多少腹黒いことをしとかないと。
「二人はここで待ってて。すぐ終わらせてくるから。」
「え、でも…」
「あー、飛鳥、ここは晃 に任せとけ。」
ニヤリと笑みを向ければ何かを察したのであろう色が飛鳥を止めてくれる。
その隙に僕はいってきまーすと二人に片手をひらひら振ってから散歩に出かけるくらいの気楽さで校長室のドアに手を伸ばした。
一応ノックをしたものの、返事なんて待たずに勝手にドアを開いてやった。
「失礼しまーす。」
言葉通り失礼極まりない態度で部屋へと足を踏み入れれば、その瞬間口論をしていた大人達ははぴたりと口を閉ざしてこちらに視線を向ける。
「な、なんだね君は!」
「藍原!?」
部屋の奥、高そうなデスクに座る校長に、頭を下げていたのだろう木崎先生。驚愕に声を上げる大人達を無視して、僕は無言で二人の元に歩み寄る。
「ちょ、お前何しに、」
「邪魔。」
僕を静止しようと手を伸ばしてきた木崎先生を押しのけ、デスク越しに校長の前に立った僕は、ニヤリと口の端を上げてやった。
「な、なな、なんだね!」
怯える校長を支えようと高そうな椅子がギシリと音を立てる。
ひ、と悲鳴にならない声を上げ、我が身大事と震えながら椅子ごと後退りをする校長に、僕は制服の内ポケットに入れていたものを取りだしデスクに叩きつけてやった。
「……は?」
「ちょ、藍原!?」
退学届。
叩きつけた封筒に記されたその三文字に、大人達は目を見開き固まってしまった。
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