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第62話
「お、おおお前、何やってんだ!?」
「先生はちょっと黙ってて。」
いきなりの展開にわかりやすく取り乱す木崎先生をひと睨みして黙らせてから、僕は校長へと向き直りにっこりと微笑む。
「昨日もお話した通り今回の騒ぎは全て僕の母親がおこした事ですから。木崎先生が責任を取るというのなら当然僕も責任を取って退学しなきゃでしょ。」
「え、いや、それは…」
デスクに叩きつけられた退学届けと僕の顔とを交互に見つめる校長は、いまだ理解が追いついていないようで金魚みたいにぱくぱくと口を動かすだけ。
僕はわざとらしく悲しげに眉根をよせ、大げさにため息を吐き出す。
「この学校を卒業したかったですけど、こうなった以上は仕方ないですねぇ。責任を取って退学して、また別の高校に入ろうと思います。」
残念だなぁ、なんて心にも無いことを呟きながら、退学届と書かれた封筒をす、と校長の目の前へ。
「え、いや、えっと、何もそこまでしなくても…」
「あぁ、お気になさらず。次に行くところもすーぐ見つかると思いますので。」
そう言って再びにっこりと笑ってみせれば、校長はひ、と背後へ仰け反り、椅子がまたギシリと音を立てた。
隣では隅に追いやられた木崎先生が僕の言わんとしていることに気がついたようで、思いっきり頭を抱え深いため息を吐き出す。
さて、誰に喧嘩を売ったのか校長にはきちんと教えてあげないと。
「……TOEIC927点、」
「へ?」
予想外の言葉にポカンと固まる校長に僕は気にせず笑顔で言葉を続ける。
「TOEFL92点、英語検定準一級、漢字検定準一級、数学検定一級。……ちなみに定期的に行われている全国模試では50番台から落ちた事ないです。国内最難関大学でも、当然常にA判定。」
「へ?へ?…………え、」
笑顔のまま暇つぶしにとった資格を列挙してやれば、校長はあんぐりと口を開けたまま始めこそ僕の言葉を右から左へと聞き流していたようだけど、どうやら次第にその意味がわかってきたらしい。半信半疑の瞳が僕から木崎先生へと向けられる。
本当なのかと校長からの無言の問いかけに、木崎先生は何故かげんなりとした顔で力なく頷いた。
「……そいつ、文句なしの学年トップです。」
「な、」
ぐぎぎ、と固まった顔が、デスクに置かれた退学届を再び凝視する。
「有名大学の合格者は多いに越したことはないですからねぇ。多分どこの高校も転入させてくれると思うので僕の事はご心配なく。とりあえず近所の清麗 高校に声掛けてみようと思ってまーす。」
あえてなにかと競い合っているライバル校の名前を出してやれば、校長の頬はひくついた。
僕を外に出すことが体面を気にするこの人にとってどれだけ痛手なのか。今校長の脳内では、今回の事にこじつけて厄介者を追い払うチャンスと有名大学への進学者を出すという名声とが天秤に乗ってぐらぐらと揺れているんだろう。
だけど、これではまだ弱い。もう、あとひと押し。
「き、君は私を脅そうと言うのか、」
怖々と見上げてきた瞳を僕はぎ、と睨み返す。
「脅す?人聞き悪いなぁ。」
「ひ、」
「脅すって言うのは、そうですねぇ……」
睨みつけたまま、けれど口元にはにっこりと笑みを浮かべて。僕はあえて考え込むふりをして間を空けて恐怖を煽ってやる。
「そうだ、僕の友人に頻繁にマスコミに取り上げられてる有名人がいるんですよぉ。木崎先生の退職願を撤回しないなら、彼に頼んでマスコミにない事ない事喋ってもらってこの学校の評判を地に落としちゃうぞ。……とか、脅すってそういう事を言うんじゃないですかぁ?」
「ひ、」
ギシリ、高そうな椅子が三度音を立てた。
「あ、自分で言っといてなんですけど、今の凄くいい案かもしれないですね。」
いいかもー、なんて今思いついたかのようにパチンと手を叩きながらトドメの一言を告げてやれば、目の前の校長の顔から血の気が引いていく。
なんでか木崎先生の顔色までよろしくないのは、うん、きっと気のせいだろう。
『あ、そっか!マスコミの人に協力してもらうんだね。』
『ちょ、まてまて、まだ早いって。一旦スマホしまえ。』
ドアの向こうからダメ押しの声が漏れ聞こえてくれば、校長の顔は真っ青に染まっていった。
「さて、どうしますー?」
無邪気に首をかしげながら聞いてやれば、青ざめた顔は椅子ごと一歩後退る。
「は、はは、話、話し合いをしようじゃないか、」
「もう話すことなんてないでしょ?」
僕はデスクにダンっと両手を叩きつければ、目の前の身体はビクリと面白いくらい震えた。
「あなたのやることは二つに一つ。二枚の届けを受理してこの学校の信用を失うか、届けを見なかったことにしてこれからも平穏な生活を送るか。」
ご決断を。そう言ってにっこり笑顔を貼りつけてずいっと身を乗り出せば、恐怖に怯えた校長の身体は椅子ごと後ろに下がって遂には窓際へ。
「……あいはら、そのへんにしておいてやれ。」
そんな木崎先生の助け舟もこの人には聞こえているのかいないのか。
カタカタと奥歯を鳴らし震える身体は、勝利を確信する僕の笑顔の前にズルリと椅子から崩れ落ちた。
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