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第63話

「じゃ、失礼しましたぁ。」 ご機嫌で校長室を退室して、不安そうに待っていた友人二人の前に手にしていた封筒をジャーン、と見せつける。 退職願と退学届。校長から回収した二枚の封筒を目にした途端、飛鳥は涙に滲んだ瞳を大きく見開いて思いっきり抱きついてきた。 「っ、あきらぁぁ!」 息苦しいくらいに思いっきり抱きしめられ、涙声でよかったと繰り返すその亜麻色をよしよしと撫でてなだめてやる。隣では何故か非常に疲れた顔をした(しき)が、何故か同じくげんなりとしている木崎(きざき)先生の肩を叩き、おつかれと労いの言葉をかけていた。 「退学なんて聞こえてきたからビックリして。っ、本当によかったぁっ、」 「大丈夫、大丈夫。飛鳥を残して転校なんてしないよ。……そもそもこれ中身空っぽだし。」 笑顔でネタばらしすれば、ほっとする飛鳥の背後で色と先生は口をあんぐりと開け固まった。ドア越しに校長室の中からガタリと物音が聞こえたのは、きっと気のせいだろう。 「ま、僕は勝算のない勝負はしない主義なので。」 手にしていた二枚の封筒を制服の内ポケットにしまってから、三人にパチリとウインクひとつ。 計画通り、計算通り、これで全ては万事解決だ。 「やっぱり(あきら)は凄いよ!」 「えっへへ、ありがと。」 キラキラと瞳を輝かせる飛鳥と両手でハイタッチを交わして、喜びのハグ。 ようやく全てを終えてはしゃぐ僕ら二人を横目に、何やら色と先生は複雑なご様子だ。 「……尻に敷かれる未来しか見えねぇなぁ。」 先生の肩に腕を乗せ色が苦笑混じりに呟けば、はぁ、と盛大なため息と共に先生の肩ががっくりと落とされる。 「ちょっと二人共、なんか文句あるわけ?」 じろりと睨めばビクリと肩を揺らした二人はだって、なぁ、と顔を見合せうんうんと頷いた。 そりゃ、まぁ、多少強引な手を使ったような気がしないでもないけど。それでも大事なのは結果だと思う。 むすっと頬を膨らませれば、先生は苦笑いしながら手を伸ばし、ぽん、と僕の頭を軽く叩いた。 「文句なんてねぇよ。……ありがとな。」 いつものように雑に髪を撫ぜながら、照れ笑いするその人に、何故だか僕の方が恥ずかしくなって思わず俯いてしまった。 今絶対顔が赤い。耳まで赤い。俯いていても色と飛鳥のニヤニヤとした物言いたげな視線が僕に注がれているのがわかって、僕は誤魔化すようにパチンと手を叩いた。 「よし、じゃあ打ち上げ行こっ!」 言うが早いか、色と飛鳥の手を取り歩き始める。 「あ、おい、」 「え、今から?」 「そうそう。全部終わったんだから、みんなでぱーっとやろ!」 突然の事に戸惑う二人の手を引きながら、僕は背後を振り返る。 「ほら、木崎先生も行くよー。顧問の奢りで焼肉だぞ〜。」 笑顔で声をかければ、状況についていけずぽつんと立ちつくしていた先生が、顔色を変える。 「はぁ!?お前何勝手に!却下だって昨日言ったろ!」 「えー、」 まだ状況を理解しきれていない先生の為に立ち止まり、僕は制服の内ポケットに手を伸ばしてそこにしまっていた封筒をチラリと見せつけてやった。 「拒否権なんてあると思ってるのぉ?」 にんまりと口角を上げて微笑みかけ、ひらひらと封筒を振った瞬間、先生の顔色は一気に青ざめる。 「おま、ちょ、返せ!」 「嫌ーだよぉ。」 伸びてきた手をひらりとかわして、ダンっと思いっきり目の前の足を踏みつけてやった。 「ってぇ!藍原、てめぇ何すんだ!」 「ふーんだ。」 掴みかかろうとしてした先生の手をするりとかわし、べーっと舌を出してやる。僕は再び色と飛鳥の手を取って早足で歩き出した。 絶対返してなんてやるもんか。だってこれは、僕の一生の宝物なんだから。 「ねぇ色、どっかオススメのお店ある?」 「あー、少し遠くてもいいなら親父がよく行く店が…」 「ふざっけんな!世界のマエストロ御用達とか間違いなく高級店じゃねぇか!教師の安月給なめんじゃねぇぞ!」 先生の悲痛な叫びが迫ってくるのを合図に、僕たち三人は全力で廊下を駆けだして声を上げて笑った。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 次回最終話の予定です。

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