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第9話
湯藤家へ来て一週間。
初音は満が望んだように部屋から一歩も出ず、日々を過ごした。と、いってもやることはない為、一日のほとんどをロザリオを握り締めて、祈りに時間へ費やした。暇さえあれば常に祈りを捧げる。
幼い頃、シスターに祈れば神様が願いを叶えてくれると聞いた言葉を信じているのだ。
その日からずっと、願い続ける想いは変わらず、初音は熱心に祈りを捧げ続けていた。
大きな窓ガラスから夕陽の光が差し込み、初音はその美しい景色に目を奪われる。黒い瞳と髪が赤い夕陽の光で色付いた。
黒い簡素なロザリオをその光に翳して、真っ赤に燃えるような空を恋しそうに見つめた。
「神様……」
小さな声でここにはいない遠い存在を呼ぶ。もちろん静まり返る沈黙が続くが、初音は縋るようにロザリオを両手で再び握り締めて祈りを捧げた。
不意に扉が叩かれ、視線を向けると同時に扉が開く。夕食が運ばれてきたのかと思ったが、まさかの人物に初音は息を呑んだ。
「満様……」
名前を呼ばれた相手は相変わらず嫌そうに顔を歪めた。
「……父さんが一緒に食事をしようだって」
嫌そうに用件を告げる男に初音はなんて答えようか口を閉ざした。
「来るのか来ないのか、どっちなんだ?」
急くように聞かれ、初音は手の中のロザリオを見つめた。それに気付いた満が怪訝な顔で聞いてくる。
「なに、それ?」
「え……」
「その黒いやつ…」
答えないことに苛立ったのか、口調がキツくなって初音はロザリオを見せた。
「……ロザリオです。お祈りをしてました」
「祈り?なんの?」
自然と疑問が声となり、満が聞くと、初音は嬉しそうに笑顔で答えた。
「神様へお願いするんです。一生懸命お願いすると願いを叶えてくれるんですよ!」
熱心な信者かと、呆れた満は馬鹿にするように笑った。
「しょうもな……。そんなの他力本願な馬鹿がすることだろ」
満の言葉に初音は一瞬、傷付いたような顔をしたが、すぐに笑顔で頷いた。それが無償に苛立って、男はまた質問した。
「一体、何をお願いしてるんだ?金?それとも地位や名誉?」
力やお金がない人間ならではの願いだと嘲笑う満に初音は手の中のロザリオを見つめて静かに答えた。
「…………早く迎えにきて下さいって……」
「え……?」
何を言っているのか分からなくて満が戸惑うと、初音は頬を赤らめて嬉しそうに笑った。
「早く、神様が俺を迎えにきてくれるように祈ってるんです!」
「……それって…」
どういう意味なのか聞くのが怖くて、満は全身を強張らせた。そんな満の様子に気がつかない初音は窓の外の夕陽を見て意気揚々と続けた。
「オメガはね出産すればするほど、死期が近付くんです。女のオメガは平均で十人。男のオメガは六人。満様の子供を入れたらあと三人で神様が迎えに来てくれる。俺を救ってくれるんです」
凄いでしょ!と、満面の笑顔の初音に満は衝撃を受けた。
どんな嫌味を言ってもぞんざいに扱っても無表情で従順な態度を取り続けた男がまさかこんな願いをしているなんて思いもしなかった。
「満様……、俺のこと軽蔑して嫌なのは分かります。でも、満様には子供が必要です。出来うる限り、満様の意向に沿うよう努力しますので、来週の発情期にはお相手をお願いします」
深々と頭を下げる初音に満は言葉が出なくて、その場を逃げる様に走り去った。
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