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第10話

「……」 「……」  素直にキースが口を閉じたので、トーマは必死に考えた。本当にキースが己に恋をしている場合、何も知らないキースを無理にこのまま手篭めにして良いのか。傷つけるかも知れない――が、肉欲はあるし、ユーグの許しもある。  後ろから抱きしめられたまま、トーマの顔を見ることも出来ず座っているキースはといえば、自分の下半身を見下ろしていた。現在全裸であるが、このような状態は、一般的に入浴時くらいしかない。魔術を極めるためならば仕方が無いことなのかもしれないが、性器を露出しているというのも、あんまり良い気はしない。 「キース様、こうしよう」 「なんだ?」 「まず、雄しべと雌しべについての座学から開始しよう」 「は? なぁ、とりあえず下衣を履いても良いか?」 「……そうしてくれ。いいや、全て着てくれ」  こうしてキースは寝台から降りて、服を着た。その間、トーマは両手で顔を覆っていた。据え膳を食べ損ねた気分でいっぱいだったが、この頃になるとキースの事をもっと慈しまなければならない気持ちでいっぱいだった。なにせ――自分もまたときめいているのであるから、ひどい事は出来ない。今後の事を考えても、体から関係を始めるわけにはいかない……の、だろうかと、悶々としていた。 「着たぞ。というか、座学があるなら、初めからそちらを優先してくれ」 「実演しろと言ったのはキース様だろう……」  こうして、二人はソファに座る事にした。横長の椅子の左右に並んで座る。そしてトーマが無地の紙と万年筆を手にし、花の絵を描いた。 「これを見てくれ」 「お前は画家になっても生きていけるな」 「……ここに、雄しべと雌しべがあるのは分かるか?」 「勿論だ。黒塔では自然の研究が進んでいる。植物は、魔力量に関わりがあるからな」 「そうか。では次だ」  トーマはそう言うと、続いて猫の絵を描いた。二匹だ。覆いかぶさるように大きなオス猫がメス猫の後ろ側にいる。 「これは分かるか?」 「ん? 交尾か?」 「そうだ。交尾とは何か分かるか?」 「子作りだろう? 黒塔では動物の飼育は、寿命が魔術師の方が長いから死別に関連する感情変動を考慮して推奨されていないが、俺は犬を師匠とひっそり飼ってファルレ様に遠い目をされた経験がある」 「……人間同士でも子作りをするというのは分かるか?」 「え? 人間同士? 結婚すると自然と生まれてくるんだよな?」 「……いいや。子作りをしなければ、生まれない。また、同性同士の場合は、子供は生まれない」 「そうなのか? 黒塔では、ホムンクルスを作る錬金術研究もあるから、同性同士でも子供は生まれるという理論があるぞ?」 「そういう話はしていない。一般的な人間同士の子作りについての話をしているんだ」  トーマが淡々と言ったので、キースは何度か頷いた。 「人間同士の子作りが、どう透過魔術や転移魔術に関係するんだ?」 「無関係だ。関係あるのは、恋愛感情の方に、だ。そしてこうした知識は、性教育となる」 「あ。ファルレ様もよくセイキョウイクと俺に言うんだ。俺に欠けている知識だとして」 「そのようだな……」 「傍から見て分かるものなのか?」 「……」 「あれだろう? 先ほどの話を総合すると、子供は愛し合うと生まれるわけであり、つまり恋愛感情を抱いている同士で子作りをする必要があるという事だな? 恋人同士は子作りをするということで、俺の理解はあっているか?」 「その通りだ、キース様。思ったより馬鹿でなくて安心した」 「どういう意味だよ……それで? 俺とお前は恋人同士になったんだったか?」 「……それは保留として」 「保留……」  トーマが濁すと、キースが複雑そうな顔をした。キースは己の気持ちが恋であると聞いても、まだ実感できないでいるので、決して恋人同士になりたいと思っているわけではないのだ。一方のトーマも事態が急展開すぎて、明言する気にはなれない。 「この子作りという行為は、恋人同士でなくとも可能で、キース様にはその知識が欠落しているので、俺が教える事になったんだ。ユーグ様の命で」 「え? 同性同士では子供が生まれないとして……ん? どういう状況だ?」 「子作りは、セックスと呼ばれる」 「ああ、お前が好きだって言ってたやつか」 「っ……ま、まぁな……それで、それは、この、メス猫とオス猫のような行為を、人間同士で行うという事だ。分かったか?」  キースに対し、確認するようにトーマが言う。キースは目を瞬かせてから、小首を傾げた。 「つまり、俺とトーマは恋人同士ではないが、恋人同士がする事が多い、セックスをするという事か?」 「そうなる」 「人間同士の場合、具体的にどうするんだ?」 「だから、まず、俺の場合は抱きしめてキスをする。その後服を脱がせる」 「! さっきまでの状況だ。そういう事だったのか!」  やっと理解し、キースは目を見開いた。驚愕から冷や汗が浮かんでくる。 「トーマはそれでいいのか? 普通は恋人同士が行うんだろう?」 「……俺は、セックスが好きだからな。構わないぞ」 「……あ、なるほど。俺じゃなくても誰とでもいいってことだな」  キースは何気なく言ったのだが、その言葉に、トーマの胸が抉られた。仮にも自分を好きそうな相手にそう言われると、可哀想になってくる。トーマは嫌な汗をかいた。 「そ、その……俺にも好みがあるから、誰でもいいというわけでは……」 「俺は好みか?」 「ま、まぁな」 「無理をしなくていいんだぞ? 師匠は無茶なことをたまに言うんだ」 「無理はしていない。た、ただな……キース様こそ、俺が相手で良いのか?」 「俺は知らないからなぁ、やってみない事には分からない……が、さっきのは、怖かった」 「……とりあえず、座学は終了だ。無理に経験する必要はない」  トーマはなけなしの理性を発揮した。紳士ぶる決意を固めた。 「本当に愛する相手、心から好きになった相手と結ばれるべきだ」 「トーマ……それは、どういう感情だ? 恋愛の事だろう? さっきお前は、俺がトーマに恋をしていると言わなかったか?」 「……」 「だとすると、俺はトーマが好きであり、トーマと結ばれるべきなのだろうが、怖い。この場合、どうしたらいいんだ?」  キースは純粋に疑問を述べた。しかしトーマは頭を抱える。 「ま、まず……本当に俺の事が好きかを確認してはどうだ? 勘違いかもしれない」 「そうだな。それが適作だろう」  トーマの提案は、キースにとって、非常に素晴らしく思えた。 「どうやって確認をすれば良い?」 「一般的には、一緒に過ごすなどし、会話などから、仲の良さを深めていき、自分の気持ちを振り返ると良いんじゃないだろうか」 「経験談か?」 「っ、どうせ俺には、恋愛経験は無い! 無いんだ。無いんだよ。それが悪い事か? だからうっかり俺はキース様に赤面された時、ときめいてしまったんだ! 素人童貞で悪かったな! 元々の俺の周囲には、俺と体の関係を持ってくれる男などいなかったんだ。だから花街がある土地に行く度に浮かれてしまったんだ。それの何が悪い!」 「どうして怒ってるんだ? 俺にも経験はないわけだし……ええと、素人童貞というのは、どういう意味だ? 玄人童貞も存在するのか? 童貞ってそもそもなんだ?」  普段の冷静さが消失して熱弁しているトーマを見て、素朴な疑問だというようにキースは首を捻るばかりだ。 「とりあえず……もう少し期間をとろう」  咳払いをし、熱くなってしまった事を恥じながら、トーマが言った。するとキースが大きく頷く。 「じゃあ今日は、関係を深めるために、雑談をするか」  キースが言うと、脱力したようにトーマが肩を落としながら頷いた。

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