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8.替え玉と肖像画
※リュカが離宮に運ばれたすぐ後からスタートします
〜アデルバード(皇帝)視点〜
思わず手に持っていたグラスを目の前にいる騎士団長へと投げつけそうになるのを抑えながら、心を落ち着けて何とか顔に笑みを作る。
「連れてきたアデレードが偽物とは本当のことか?」
「はい」
腰を折って律儀に返事をしてくる騎士団長に苛立ちが募る。
気乗りしなかったロペス公爵家で行われたパーティーに参加したのは、隣国の国王からどうしてもと頼まれたからという理由もあったが、周りから結婚しろと言われることが増え辟易していた時に美しいと噂の公爵子息の花人が婚約者を探すためのパーティーを開くと耳に入れたからだった。
そこで私は彼と出会った。
月明かりに照らされながらただ静かに星を眺めていた彼からは花のような甘くて蕩けるような香りが漂っていた。
直ぐに花人だと分かったけれど、彼が名乗るまでその子が噂のアデレードだとは思わなかった。
正直噂で聞いていたアデレード=ロペスとは印象が全く違ったのだ。
天使と言うよりも、麗人の様な美しさだと思った。星々を映し出す瞳はまるでそのまま夜空を閉じ込めたかのように神秘的で、焼けることを知らないようなシルクのような肌に、細すぎるのではないかと心配になる身体は繊細で儚げな印象を彼に与えていた。
しかしよく見れば、着ている高価な服はサイズがあってはおらず所々直したところも見受けられる、手は赤切れだらけで爪も割れており、蝶よ花よと育てられた公爵家の花人とは思えない。
けれど、彼は確かに私にアデレード=ロペスと名乗ったのだ。
彼の細く壊れてしまいそうな手を取って口付けを落とすと、白い肌に赤が挿してとても可愛らしいと思った。
触れたところから全身が熱くなるのがわかって、感じたことの無い未知の感覚に、ただ無意識にこの花人は自分の物だと独占欲が湧いた。
だからこそ、日も跨がずに直ぐに求婚をしたのだ。
彼のことをどうしようもなく欲しいと思ったから。
それなのに…
「なぜ気づかなかった?」
「規定で、嫁入りするまでは顔布を取らない決まりでしたので…」
「だが、会う前にわかった」
「…熱で倒れてしまい、その時に布がめくれたのです」
騎士団長の言葉に私は目を細めて彼を睨みつけた。
「ほう、では問おう。その者はどのような容姿をしていた?アデレードの替え玉になり変わるなど余程容姿に自信があるのだろう。それか、ロペス公爵が私は侮っているかだ」
「…いえ、それが…容姿はあまりいいとは言えず…青い瞳に黒い髪をしております…花人かどうかは分かりませんでした」
その言葉に、色は同じなのだなと思う。
だが、色だけなら探せば何処にでもそういう人間はいるだろう。
彼でなくてはダメなのだ。
「瞳は同じ色ですがアデレード様の様なプラチナブロンドの髪でもありませんし酷く痩せており、ロペス公爵家が陛下を侮辱しているとしか思えません」
騎士団長の言葉に私は違和感を覚えて、彼の言葉を手で制した。そしてもう一度同じ言葉を言うように指示する。
「ですから、アデルバード陛下のことを侮辱しているとっ」
「そこではない」
「…アデレード様はプラチナブロンドの髪で…」
「そこだ。私の知っているアデレードは黒髪に青い瞳だが?」
疑問を口にすれば騎士団長がわかりやすいほどに怪訝な顔をして首を傾げた。
この男は気持ちがすぐ顔に出るからわかりやすい。
「いえ…アデレード=ロペス様は確かにプラチナブロンドの髪に青い瞳をしており、その色も相まって天使の落とし子だと言われているのです。こちらに肖像画もございます」
手渡された肖像画には確かに美しい青年の顔が描かれていたが、私の知るアデレードとは全く異なる顔をしていた。
思わず肖像画を床に投げ捨てて、後ろにある椅子に足を組んで座ると、私は騎士団長に今すぐ替え玉の肖像画を描いてこいと命じた。
数刻の後、騎士団長が持ってきた替え玉の肖像画を見た私は思わず口元に深い笑みを浮かべて笑った。
「まだ眠っていましたので精確な肖像画は書くことは出来ませんでしたが…」
「かまわん。それよりもハリス、よくやった。褒美は何がいい?」
「…は?」
「なんだ、何も要らないのか」
「あ、いえ…そういう訳では…しかし突然どうされたのかと…」
「ふっ、聞きたいか?」
楽しげに騎士団長に言えば、教えてくれと丁寧に頼まれてしまい俺は更に気分が高揚した。
「偽物が本物だったというだけのことだ」
「…それはどういう…」
「理解などしなくてもいい。ラナを呼べ、頼みたいことがある」
「はっ」
私はメイド長のラナを呼びつけると、彼のために事前に用意していた衣装を手渡して他の衣装と混ぜて置いておくように命じた。
もしも彼が本当に私の知るアデレードならば、きっとこの衣装を選んでくれるはずだと、根拠もなく確信していた。
ラナは衣装を受け取ると承知しましたとだけ行って持ち場に戻っていく。
ラナの手元で揺れている銀色の衣装を見つめながら、我ながら子どもじみたことをしているなと自分に呆れる。
「…陛下…替え玉はどうされるので?」
「ハリス。彼は替え玉ではない」
「と言いますと」
「彼は私の嫁になる花人だよ」
本当になんて幸運なのだろう。
きちんと確かめなかった自分の迂闊さに腹は立つものの、結果として欲しいものは自分の元に届いたのだから良しとしなければ。
だが、もっと早く知っていれば離れになど追いやりはしなかったというのに…。
「彼が目覚めてしばらくしたらこちらに移ってもらう」
「…では、婚儀はそのまま執り行うのですね?」
「それは予定通り延期する。彼の体調も心配だからな」
騎士団長の言葉に首を振れば、彼はなにか考えるような仕草をした後に分かりましたとしっかりと了解の返事をした。
本当は今すぐにでも会いに行きたいものの、体調を崩し目覚めないと聞いてしまうと会いたくとも我慢するしかないだろうと思う。
まるでご馳走を目の前にして待てを食らっているような状態だ。
会えない歯がゆさに楽しかった気分もすっかり冷めて私は窓から見える離宮に視線を映しながら、まだ目覚めぬ名も知らない彼のことを想った。
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