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7.同じ色
案内されたドレスルームでメイドの女性たちがきゃあきゃあと僕に似合う服を選んでくれる。
「きっと緑が似合いますわっ!」
「いいえっ、この薄紫の衣装がいいに決まっているわ!」
メイドさん達が言い争うのを隣でどうしたものかと眺めていると、さっきの女性がごほんっと1度咳払いをしたことでピタリと言い争いが止まった。
「貴方様は…いえ、…失礼ですが…お名前を聞いても?」
「…アデレード…」
「…そちらではなく」
「……リュカです…リュカ=ロペス」
自分でも久しぶりに言葉にした自身の名前はアデレードよりもしっくりと馴染んで、そんなことにすら少しだけ泣きたくなる。
これから先、この名前は捨てて生きていくものだと思っていた。
けれど、そうでは無いんだ。
僕はまだリュカで居ていいんだ。
「それでは、リュカ様はどの衣装がお好きですか?」
そう訊ねられて、僕は用意されている何十種類とある衣装をざっと目で確認してからある1点で視線を止めた。
「…これが、いいです」
「…こちらですか」
女性が僕に手渡してくれたのは全体を銀色の生地で仕立てられたスーツの様な衣装だ。けれど、燕尾の部分にプリーツが入っていてまるでフリルのように広がり後ろから見ればドレスを身にまとっているようにも見える造りになっている。
その衣装の中で特に僕が気に入った点は、銀の生地に金色の糸で刺繍が施されているところだった。
まるで、あの夜に出会った美しい彼のようだと思ったんだ。
「…どうしてこの衣装を?」
「それは…」
「遠慮なさらずに」
「…忘れられない人と同じ色だから」
僕の言葉に周りにいたメイドさん達がみんな目を見開いて固まってしまった。
それに慌てて、1度しか会ったことはないと付け足す。
皇帝陛下のお嫁さんになりに来たのに他の人のことを話すなんてダメだったよね…。
いや…別にそんなこと気にする必要もなくなるのかな。
きっと替え玉の僕はここから追い出されるから。
「それでは、こちらに着替えましょう。シシィ、ユンナ手伝いを」
「「はーい」」
手際よく着替えさせられた僕は、伸ばしっぱなしでボサボサだった髪も整えてもらってすっかり綺麗にしてもらった。
「あの、」
「はい?」
準備が終わったあとに、女性のメイドさんに勇気を振り絞って声をかけると彼女が僕の声に反応してこちらを向いてくれる。
「名前…教えてください」
「これは失礼致しました。私はラナと申します」
「ラナさん…」
「いえ、ラナ、と呼び捨てでお呼びください」
「…えっと…ラナ…?」
「それでよろしいですよ」
ふわっと微笑んでくれたラナに僕も笑い返すと、彼女は僕を部屋からディナールームまで案内してくれた。
そこで出された料理はどれも豪華で暖かくて、とても美味しかった。
思わず涙を流しながら食べる僕を料理長やメイドさん達が微笑ましい目で見てきて少しだけ恥ずかしくなったけれど、なんだかすごく幸せな気持ちになってお腹がはち切れそうになるまで料理を味わった。
「…あの…残してしまって…」
「構いませんよ」
「明日の朝にまた出してくれれば…」
「それはいけません」
ラナに叱られてしゅんとした僕に料理長がそんなに気に入って頂けて嬉しいですと言ってくれた。
僕は料理長にありがとうございますって伝えると、渋々席から離れて部屋へと戻った。
歩く時にヒラヒラと舞う衣装を見つめながら、こんなに素敵な衣装僕にはもったいないなって思った。
部屋に向かうまでの間、ラナが簡単に離宮内の説明をしてくれる。
「衣装がお気に召しましたか?」
折角説明してくれているのに、あまりにも衣装ばかり見つめているものだからラナが幼い子でも見るみたいな優しい口調で聞いてきた。
ラナに訊ねられて僕は自分の行動が一気に恥ずかしくなって俯くと、小さく首を縦に動かした。
「実はその衣装は皇帝陛下自らアデレード様にと選ばれた衣装なのです。皇帝陛下の髪と瞳の色をイメージして作られたものなのですよ。手違いで紛れ込んでしまっていたようですが」
「…え…それって…ぼ、僕、部屋に戻ったら直ぐに別のに着替えるから!これはお返ししないと…」
「いいえ、それはリュカ様が選ばれたのですからリュカ様の物です」
「でも…」
なんでそんな話ラナはしてきたんだろう…。
やっぱりラナもアデレード兄さんじゃなくて僕が来たことを嫌だって思ってるのかな…。
思わずネガティブなことを思ってしまうけれど、着ていていいと言うならそうしておこうと思う。これを着ていると彼が僕の傍に寄り添ってくれている気がして安心するんだ。
「…ラナは僕のこと…」
「私がリュカ様のことを?」
「…ううん。なんでもないよ」
まだ彼女と話をして数時間。
それでも、優しいお姉さんが居たらこんな感じだろうって勝手に思ってしまった僕は彼女に嫌われることが怖くて仕方ない。
それはきっと、この広い離宮で味方すらいない状況に耐えられないからという理由もあるのかもしれなかった。
一通り離宮を見て回ってから、部屋に戻ると僕は近くにあった椅子に腰かけて小さく息を吐き出した。
日差しの差す窓から外を眺めれば美しい薔薇の庭園があるのに気がついて思わず見惚れてしまう。
たった数時間の間に見たことの無いものを沢山目にして、それが僕にとってはどれも新鮮で面白く、とても素敵な物に思えた。
公爵家にいる時の色あせた世界に色が付いたような気がして、外はこんなにも美しいのだと世界の全てが僕に教えてくれているような気がしてくる。
「…ラナあそこって…」
「薔薇庭園ですね。今度行ってみられますか?」
「いいの?」
「ええ、明日にでも行ってみましょう」
ラナの言葉に嬉しくなって胸がドキドキと高鳴る。落ちていた気分が一気に上がって、明日が楽しみで仕方なくて、思わず足をぶらぶらと振り子のように振って薔薇庭園の中を想像してしまう。そんな僕にラナが可笑しそうにクスって笑ってから、お行儀が悪いですよって言ってきて、僕はそれにごめんなさいって笑った。
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