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24.1番必要なもの
誤解、とはなんのことだろう。
「私、皇后候補から外れてとても清々しているの。皇帝陛下がいつまでもお相手を選ばないからって身分の釣り合う私と他に数名、候補が選ばれたけれど、14歳で成人とはいえ29歳の皇帝陛下に嫁ぐなんて歳が離れ過ぎてると思わない?それに私、歳下が好きなのよ。歳上なんてまっぴらだわ」
目の端を釣り上げてぷりぷりと愚痴を零すエレノアに僕は思わずきょとんとした間抜けな顔を向けてしまった。彼女の言うことが本当だとするなら、皇后候補になったのはエレノアにとって嬉しくはないことだったんだろうか。
「…その…僕のせいで皇后候補じゃなくなったってことなんじゃ…」
「むしろ嬉しいですわ。私お兄様を全力で応援しております」
「…そう、なの?」
きらきらと輝くような笑顔で言われてどう反応していいのか困ってしまった。皇后候補だったって言われて、エレノアも本当は僕のこと嫌いなんじゃないかって一瞬疑って悲しくなったけれど、それは杞憂だったらしい。
「私、この公爵家を継ぐ予定なのよ」
「…公爵家を?」
「この国では女性だって然るべき手続きを踏めば当主になれるの。この家には私しか子供がいないから私がここを継いで親孝行をするって決めているの。お父様とお母様はお嫁に行って欲しいみたいだけど、そんなの相手から来させればいいのよ!」
はっきりと力強く、彼女は自分の将来の夢を語ってくれた。そんな彼女のことを僕は心から凄いって思った。僕よりも年下の女の子が、未来を見据えて努力している姿を目の当たりにすると、現状に嘆いてばかりで足踏みしている自分が酷く愚かに思えてくるんだ。
「…エレノアは凄いね…」
羨ましさと尊敬の入り交じった言葉を口にすると、エレノアは一瞬驚いた顔をした後に僕に花が咲くみたいに微笑んでくれた。
「お兄様は私達の家族になるのだから、一緒にお勉強をしましょう!きっと2人なら楽しいわ」
「…まだ、家族になるかどうかは決めてなくて…」
エレノアの言葉をそう言って否定すると、彼女は何を言っているのか分からないって言うみたいにきょとんとした顔をして僕を見つめてきた。
「何を仰られるかと思えば、お兄様ったら面白い冗談を言われるのね」
「…冗談?」
「だって、お兄様はこのエーデルシュタイン公爵家の養子にならなければ皇帝陛下には嫁ぐことが出来ないのよ?」
「…どういう、こと?」
エレノアが何を言っているのか分からなくて、僕は困惑した。彼女には分かっていて僕には見えていないことでもあるみたいに、至極当然のように嫁げないと口にする彼女に僕は何故だか泣きたい気持ちになる。
「…お兄様…もしかして陛下から何も聞いていないの?」
「アデルバード様から、何を聞くの?」
「…私、その…知ってるとばかり…。私から聞いたことは内緒にしてくれる?」
エレノアが不安そうに尋ねてくるから、僕は、分かったって頷いて彼女の次の言葉を待った。
自分のことなのに何も分からないことが不安で仕方なくて、きっと自分の置かれた現状を僕だけが理解出来ていない気がした。
「お兄様はリュカ=ロペスではないのよ…いえ、それ以前にお兄様は戸籍が無いからどの国のどの家にも属していない状態なの。だから、今のままではお兄様は皇帝陛下とは添い遂げられないのよ。身分がないのだもの…」
エレノアの言葉にぐらりと視界が揺れる感覚がした。
戸籍?…何処にも属していない?
じゃあ、僕はロペス公爵家の息子ですら無いってことなの?
アデレード兄さんが自慢の一人息子だと言われていたのを思い出す。その言葉は確かに間違いではなかったんだ。僕は息子とすら認めてもらえていなかった…それ所か1人の人間としても認めてもらえていなかったんだ。
だから、アデルバード様は僕に家族を作ってくれようとしてくれているの?
悲しさと困惑の感情が襲ってきて、その次は怒りの感情が頭を過った。けれど最後には、諦めという感情が全身を覆って、僕は小さく笑い声を漏らす。それと同時に目から涙が零れてきて、もう消えてしまいたいと本気で思った。
家族に期待しては裏切られて、まだ未練たらしく残っていた希望すらこうして打ち砕かれる。
僕は誰でもなく、このまま何もしなければこの国に来た意味すら失ってしまうというのだろうか。
「お兄様、泣かないで。私が悪かったわっ、こんな話をしてしまって」
慌てて僕を慰めてくれるエレノアに、大丈夫だって緩く首を振って言うと、彼女は困ったように眉を寄せてから小さく、大丈夫じゃないわって呟いて僕の頬を両手で思い切り挟んできた。
「|へれのは《エレノア》?」
「全然っ、大丈夫なんかじゃないわ!お兄様ったら!泣いてるくせに強がるなんてダメよっ!!お兄様の気持ちなんて、私はこれっぽっちも分からないけれど、でもお兄様にとって今1番必要なものにはなれるはずよ」
「……」
僕にとって今必要な物…それって…
答えはもう心の中にある気がした。
それはずっとずっと期待して、結局は得られなかったもの…
「私と、このエーデルシュタイン公爵家の皆と家族になるの!そうしたら、お兄様の未来はきっと明るく照らされるはずだわっ!なんたってこんなに可愛い妹ができるのよ?」
そう言って向日葵みたいに明るく輝かんばかりの笑みを浮かべた彼女は僕に向かって、ねえ、そうでしょ?って柔らかな声音で同意を求めてきた。
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