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31.限界

フローレンス先生はその場に蹲る僕を見下ろしながら、もう少しマシな演技でもしたらどうだとか、軟弱すぎるだとか、沢山の小言の雨を僕の背中に降らせてきて、その言葉達を聞くと痛い頭が更に痛くなって、頭がこんがらがってくる。 思わず両耳を自分の手の平で塞いで、出来る限り周りからの声を遮断すると少しだけ楽になる気がして、ラナに背中をさすられながらただずっとその場に蹲っていた。 「リュカっ!!」 どのくらいそうしていたのかは定かではないけれど、随分と長い時間のように感じられたその時、アデルバード様の声が僕の名前を呼んで次には全身が浮遊感に包まれた。 「…アデルバード様…」 「遅くなってすまない。さあ、ここから移動しよう」 アデルバード様は僕の背中と太もも辺りに手をやって僕のことを抱えるとそのまま部屋を後にする。 彼の匂いに包まれると、強ばっていた身体から少しずつ力が抜けて頭痛も少しだけマシになる気がして、なんだかすごく安心した。 ラセットさんがアデルバード様を呼んでくれたのか、少し離れた距離から僕たちに付いてくる彼は凄く心配そうな顔をこちらに向けていて、その顔を見て申し訳ない気持ちになった。 アデルバード様に視線を戻すと、下からでは上手く彼の表情が分からなくて、怒っているようにも心配そうにしているようにも見える。 どちらにしろ、結局皆に迷惑をかけてしまったことに本当に申し訳なさを感じて、僕はそっと目を伏せた。 しばらく抱き抱えられた状態のままでいると、離宮に泊まる時にアデルバード様が利用している部屋へとそのまま入って行って、そっとソファーの上に降ろされた。 「…アデルバード様…ごめんなさい…」 ようやく見えた彼の顔にはなんの感情も現れてはいなくて、つい謝罪の言葉を口に出してしまった。 「それは何に対して?」 「…それは……」 分からない。 兎に角謝らないとって思ったんだ。 心配をかけてしまったし、こうして迷惑をかけてしまったから謝らないとって思って出た言葉だった。 アデルバート様は僕の目の前に片膝を着くと、僕の両手を取って握りしめながら、ただ一言、教えて欲しかったって言って眉を寄せた。 「…大丈夫だと思って…だって…僕は何も出来ないから、頑張らないとって思ったんです…もっと頑張らないとって…」 「…無理をしないでと伝えたはずだけど違ったかな?」 「無理なんかしてません…」 「そうは言っても、現に限界が来ているじゃないか」 「それは…」 アデルバード様の言うことは正しい。 僕はもう限界だったんだ。 まだ数週間しか勉強をしていないけれど、打たれた腕が痛むように貶されすぎた僕の心も腫れ上がったみたいに痛くて、もう応急処置では足りないくらい傷を負っているんだ。 けれど、ずっと独りだった僕はどうやって助けを求めていいのかも、そもそも助けてと声に出すことが許されるのかすら分からなくて、ただいつものように耐える選択肢を選んでしまった。 アデルバード様は真っ直ぐに琥珀色の両の目で僕のことをずっと見つめ続ける。 心配したんだと目が語っていて、彼の目を見返すことが今の僕には出来ない気がして繋がれた手に視線を向けた。 「…ただ、弱音を吐いて欲しかった。それだけで良かったんだよ。そうしたら私がいつだってリュカに寄り添って気が済むまで慰めるし、手を貸した」 まるで子供を叱りつけるように優しい声音でそう言われて僕はぐっと唇を噛み締める。 もう頭は痛くなくて、あれは精神的な物から来ていたんだって分かった。 アデルバード様の声には怒りと悲しみと悔しさが滲んでいて、僕のことをすごく大事に思ってくれていることが伝わってくる。 「…僕…分からなくて…。助けを求めていいのかも、気持ちを伝えていいのかも分からなくて…この重い気持ちを伝えたら嫌われるかもしれないって、迷惑に思われるかもしれないって怖かったんです…」 震える声で途切れ途切れに思いを吐露する。 そうしたらアデルバード様は下から僕をそっと抱きしめて、なんでも話して欲しいって言ってくれた。

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