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37.好きな人
「そういえばお義兄様、首のそれはどうされたの?」
「…首?」
僕の首をじっと見つめてくるエレノアに首を傾げながら、そっとその視線の先に手を添える。
そういえばメイドさんが呼びに来る前にアデルバード様に吸われたところだと思い出した。もしかしたら跡が着いているのかもしれない。
思い出すと、一気に照れと見られたことへの恥ずかしさが襲ってきて思わず顔を伏せる。
「あ、その…これは…違うっていうか…」
「あら、隠さなくてもいいですわ。お義兄様が陛下と仲睦まじいと知れて私嬉しいのよ」
本当にそう思っているのか、エレノアはふわふわと笑って近くにあったお菓子を摘むと口に入れた。もぐもぐとお菓子を頬張る姿はさながらリスの様で可愛らしいけれど、その可愛さを堪能する余裕は今の僕には無い。
「…僕、このままだと溶けてしまいそう…」
「面白い表現をするのね。幸せならなにも不安なことなんてないでしょう?」
「そうかもしれないけど…やっぱり僕なんか釣り合わないって思う気持ちは拭いきれないんだ」
「そうね…。お義兄様の立場なら、そう思うこともあると思うわ。でも、釣り合う釣り合わないなんて置いておいても陛下の愛はお義兄様だけのものなのよ?それは貴方の自信の糧にはならないかしら」
相変わらずお菓子を頬張りながら、優雅に微笑む彼女は僕よりも2歳年下とは思えないくらいたまに大人びたことを口にする。
その言葉たちは僕の心を何重にも頑丈に覆って強くしてくれるんだ。
「ありがとうエレノア」
「お義兄様には私がついていないとだめねっ」
くすくす笑う彼女に、そうだねって笑い返す。
きっと僕の人生において、愛する人とこの可愛らしい義妹は何よりの宝物だ。だから僕も少しでもエレノアやアデルバード様に恩返しをしていこう。
「エレノアは恋人は作らないの?」
「…私は…要らないわっ」
拗ねるみたいにそっぽを向いた彼女の反応に僕は拍子抜けしてしまう。彼女の目元が微かに赤くなっていて、きっと好きな人が居るんだなって気がついた。
「どんな人なの?」
義兄としては気になる。
変な人がエレノアに近づくのは嫌だと思った。
「ち、違いますわっ!あんなやつ、す、好きなんかじゃないし、それに、あの人は……あの人は好きな人が居るって…」
「…エレノア…」
悲しそうに目を伏せたエレノアに、辛いことを聞いてしまたって申し訳ない気持ちになった。好きな人に好きな人がいる…それはきっととても辛いことだ。
「いいのよ別に。仮に両思いでも彼とは付き合えないのだし」
「そうなの?」
「…彼に嫁いだら、私は家を継ぐことはできないもの。彼は…辺境伯爵家の長男だから」
やっぱり悲し気なエレノアに僕はそれ以上何も言うことが出来なかった。
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