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47.婚約破棄
エレノアのヴァイオレットの瞳にはただひたすら哀しみの色しか浮かんでいない気がした。
「……アレンと私は………前まで婚約していたの」
ぽつりとエレノアが呟いた。
僕はそれを聞いてとても驚いたけれど、今は詳しいことを聞こうと思って質問を投げかける。
「……婚約破棄の理由を聞いてもいい?」
僕の質問に彼女は小さく頷いてくれた。
もごもごと話す内容を思案している彼女の言葉をじっと待つ。
「私、兄弟が欲しいと言っていたでしょう。…それが全ての始まりみたいなものだったと思う」
「…どういうこと?」
エレノアは何かを思い出すようにそっと目を閉じて、綺麗に整えられた眉を悲しげに歪めた。
その姿は何かに懺悔しているようにも見えて、どうしてそんな顔をするのかと、僕は心配になった。
「……まだ、私が9歳の時…どうしても弟が欲しかった私は毎日のようにお父様とお母様に弟がほしいってねだっていたわ」
きっと、1人は寂しかったのだわ。
そう言ってエレノアは悲しげに笑う。
「お父様たちはねだる私に決まって困ったような笑みを浮かべながら、ごめんねって言うだけだった。子供ながら変だと思ったのね.........私付きのメイドに尋ねてみたの。どうしてあんな顔をお2人はするのかって」
その先がなんとなく想像出来てしまって、僕は悲しくなった。
「…最初は渋って教えてくれなかった皆も、私があまりにもしつこく聞いてくるものだから最後はこそっと教えてくれたわ。お母様は私を産んだ時の後遺症で子供を二度と産めない体になってしまったって聞かされたわ」
私は大馬鹿だった。
エレノアは口元だけに苦しげに笑みを浮かべる。その顔があまりにも辛そうで、そっと繋いだ彼女の手を撫でてあげた。
「アレンとは私達がまだ産まれたばかりの時から婚約は決まっていたの。お父様と辺境伯爵家の当主は仲が良くて、たまたま歳が近く産まれた私たちは2人の強い希望で婚約を結んだ。9歳までは私達は本当に仲が良くて、私もアレンもこのまま結婚するんだって信じきってたわ」
「それなのに……婚約破棄してしまったの?」
「……そうよ。アレンを愛してたわ。今もそれは変わらない。アレンは天人で、きっと花人の方と居た方が上手くいくって思っていたけれどアレンはいつも私が好きなんだって言ってくれていた。真っ直ぐな人。彼の言う通り裏切ったのは私だわ」
「…エレノア……」
「私が婚約破棄を申し出たの」
そう言ってぽろりと涙を零した彼女をそっと抱きしめて優しく頭を撫でて上げる。声を噛み殺して泣く彼女は深く深く傷ついていて、僕にはどうしたら彼女のその傷を癒してあげられるのか分からなかった。
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