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54.寒気

「分かりました」 ユンナの言葉に、微笑みを浮かべてありがとうって伝えた僕は、彼女が駆け出したことでその笑みを引っ込めて前へと視線を戻した。 「リュカ様俺の後ろへ!」 「ラセットさんっ、ユンナを」 「分かってますよー!!」 僕を護りながらラセットさんがなんとかユンナの通る道を切り開いてくれる。 ユンナも男たちの反撃をギリギリの所で交わしながら少しずつ前へと進んでいた。 「……ラセットさんっ」 「っ、くそっ!!」 ユンナの背後から一人の男が襲いかかって、それをラセットさんがなんとか食い止めるとユンナは男たちの波を切り抜けて全力で駆け出した。 それを数人の男達が追いかけるけれど、ユンナの背中はどんどんと遠くなって行って追いつけそうにもないことに安堵する。 「ラセットさん、ありがとう」 「リュカ様は逃げないんですか」 「君が怪我するよりは抵抗しない方がいいと思ってる」 「……俺は陛下に殺されますよ」 「……それは…きっと大丈夫だよ」 周りの男たちが僕たちをぐるっと囲って武器を突きつけてくる。 冷静に振舞っているけれど、本当は物凄く怖くて手が微かに震えているのが自分でもわかった。 「お前は逃げなくていいの?」 男たちと睨み合いをしていた僕達に馬車の中から声がかけられてそちらに視線を向けると、見覚えのある人が出てきて僕は思いっきり眉間に皺を寄せた。 「……アデレード兄さん……どうしてここに」 「久しぶりだねリュカ。ここまで来るのは大変だったんだよ?」 久しぶりに見るアデレード兄さんは昔の美しさの面影があまりなく、肌もボロボロでやつれてしまっていて、服だけが綺麗なせいで逆にみすぼらしくさえ見えてしまう。 どうして数ヶ月の間にこうも彼が変わってしまったのか分からないけれど、やはりロペス家の差し金だったのだと分かって苛立ちが増した。 「今更なんの用?」 「お前にはやってもらわないといけないことがあるからね」 「……何言ってるの」 「また、僕の変わりに嫁いでもらわないと。僕はあの忌まわしいクソ女のせいでジュダ様と契れなかった上に、領地まで没収されてどんどんお金も無くなっていくし大変なんだよ。だ、か、ら、お前にはオールド家に嫁いでもらわないとね。そうしたら僕がお前の代わりに皇帝に嫁いであげる」 「……っ、そんなの僕が言うことをきくとでも?!!」 「聞くさあ。皆男を捕らえて」 アデレード兄さんの指示を聞いた男たちがラセットさんを複数人で取り押さえて地面へと跪かせた。僕が慌ててラセットさんに近づこうとすると、僕も後ろから抑えられて腕を後ろで掴まれて動けなくなってしまった。 「リュカ様!」 「……ラセットさん…」 お互いに名前を呼びあっても、助けることもどうすることも出来なくて歯痒さが増すだけだ。 「ねえ、リュカ。あの男がどうなってもいいの?」 僕の目の前に来たアデレード兄さんがそう言って僕の顔を覗き込んでくる。彼の言葉を聞いた僕は悔しさで胸をいっぱいにさせながら、ついて行くよ…って答えるしかなかった。 「リュカ様っ!俺のことはいいからっ……」 「……ラセットさん大丈夫だよ」 歯を食いしばって僕のことを辛そうに見ているラセットさんに、何度も大丈夫だと声に出して伝えてあげる。 彼が自分のせいだって思ってしまうことは嫌だった。 「それじゃあ、話し合いも済んだし行こうか」 無邪気な顔で微笑みながらそう言ったアデレード兄さんに寒気を覚えて僕は微かに体を震わせる。 それを見ていたアデレード兄さんが楽しげに微笑んだのが僕の視界に入って、まるでロペス家にいる頃に戻ったみたいだと思った。

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