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57.負けない
馬車に揺られてどのくらい経っただろうか。
外はすっかり暗くなっていて、此処が何処なのかも僕には見当もつかない。
降りるように促されて、通された場所は簡素だけれどしっかりと手入れの行き届いた何処かの貴族の別荘の様な場所だった。
「さっさと歩いてよね」
「……ここはどこ」
「お父様が用意してくれた場所。迎えが来るまでこんな貧乏臭い場所に居ないといけないと思うと最悪」
やっぱりロペス公爵家全体が絡んでいるんだ……。
「……兄さんはジュダ王子と恋仲だったのにどうして……」
「婚約者気取りのクソ女に嵌められて、僕は今や社交界でも笑いものだよ。ああ、思い出すだけでイライラしてきた」
アデレード兄さんの後ろを歩いていた僕を彼が突然手で押してきて、よろけて尻もちをつくと兄さんが楽しそうにクスクスと笑う。
「お前が居なくなってから八つ当たりできる人間が居なくなって寂しかったんだよ」
「……変わらないね」
この人は本当に変わらない。
昔は彼の美しさやハキハキとした物言いを羨ましいと思っていたけれど、今は何故だかそうは思えない。
「お前は随分小綺麗になったものだね。上等な服に手入れされた肌。本当にムカつくよっ!」
「……っ……」
前髪を鷲掴みされて痛みに呻くと、アデレード兄さんは楽しげにクスクスと笑い始めた。
まるで鬱憤を晴らすように僕に暴力を振るってくる彼は、なにかに追い詰められているようにも見える。
「リュカ様っ!!」
ラセットさんが僕を助けようと動くけれど、手を縛られた状態で男たちに捕らえられていてそれは叶わない。
「ねえ、リュカいいことを教えてあげる」
「……なに」
彼から聞かされる《《いいこと》》が本当に良かったことなんて1度もない。
「お前はお父様の本当の子じゃ無いって知っていた?」
「……」
「その顔は知らなかったって顔だね。お前の本当の父親はアイザック=ロペス。お父様の実の兄だよ。平民出身のメイドと恋に落ちたけどお前が腹に居ることすら知らずに流行病で簡単に死んじゃったんだって!あはっ、本当におかしい。お前を産んで母親も死んで、何かの役に立つかもしれないってお前のことを育ててやったのがお父様!そんなことも知らず、お前が嫁がされるって決まった日に、愛はどこにあるのかなんて聞くんだものっ、ほんっっとうにおかしかったよ」
「……」
「あれれ〜?悲しすぎて言葉も出ない??」
彼はきっと僕が悲しんでいると思っているし、僕の悲しむ顔を見たくてこんな話をしてきたのだと思う。
けれど、僕にとって今の話は本当に《《いいこと》》だと思えた。
本当の親はもう何処にも居ないと分かってとても悲しかったけれど、今までどうしてあんなにも冷たくされていたのか理由がはっきりとして逆にスッキリとした気持ちになっていた。あんな人が本当の親じゃなくて良かったとも思った。
それに……
「悲しまないよ」
「はあ?」
「僕にはもう別の家族が居るから。今更そんなことを聞かされたって全然悲しくなんてない。それに貴方のことも、もう兄とは呼ばない」
「お前、何を調子に乗ってるの!」
思い切り頬を打たれて僕は床に倒れ込んだ。
髪を掴まれて何度も何度も顔を叩かれて、口の中が切れたのか血の味もしてくる。
それでも、僕は彼から視線を逸らすことはしなかった。
「アデレード=ロペス。貴方は僕の兄なんかじゃない。今も……そして昔も」
「ただの不細工のくせに!!お前なんか僕の身代わりで嫁いだだけのくせに!!!陛下だって僕に会えば直ぐにお前のことなんて捨ててしまうさ!!だって、陛下が望まれていたのはアデレード=ロペスなんだ!リュカじゃない!」
殴られて、蹴られて、罵声を浴びせられても、身代わりだと言われても僕の心には彼の言葉は全部響かなかった。
僕はアデルバード様を信じているから。
初めて会った日、僕のことを大輪の花だと言ってキスをしてくれたことを覚えている。
再開した時、僕に求婚したのだと言ってくれたことも、全部全部、彼から貰った物は全て忘れてなんていないから。
「ねえ、アデレード」
「お前が僕を呼び捨てにするな!!!」
「っ……」
また顔を殴られて、口から血が顎へと流れる。
それでも僕は言葉を紡いだ。
「僕達は今や対等だ。僕はリュカ=エーデルシュタインで君はアデレード=ロペス。だから、対等な立場として話をするね」
僕は痛む顔を動かして笑みを作った。
大事な人達から教わったこと。
「リュカ様っ」
ラセットさんの声が耳に届く。
僕はあの日、この国に来た時から1人じゃ無くなった。だから、もうアデレードのことは怖くもないし、彼を見て卑屈になんてなったりもしない。
ゆっくりと立ち上がると、真っ直ぐに彼の目を見る。
僕よりも背の低い彼を見下ろしながら、こんなにもアデレードは小さかったのかと、頭の片隅で思った。
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