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58.走馬灯

アデレードが僕のことをじとりと陰りのある瞳で睨みつけてくるから、僕はただ笑顔を崩さずにそれを見返す。 「ねえ、アデレード。僕を攫った理由を教えて欲しい」 「……」 「……僕を嫁がせるって言っていたけれど、なんの事?」 「ふんっ、陛下から聞かされてないわけ?お前はまだ陛下と婚姻の儀を執り行っていないから、他の貴族に嫁がせたって構わないんだよっ。あのクソ女が騒いだせいでロペス家は周りから馬鹿にされて、領地まで没収されたんだ。だから、お前をオールド家に嫁がせて金を得ようって話。陛下にもお父様が手紙を送ったはずだけど」 アデレードの話を聞いて、僕は困惑してしまった。 そんなことアデルバード様が許すはずないって思ったからだ。公爵家から嫁いできた者を送り返せば相手国に不信感が生まれるだろうし、逆に送り出した者を返せと一国の皇帝に要求することは不敬以外の何物でもない。 ロペス公爵はそれを分かっていて、そんなことを言っているの? もしかして、ロペス家の財政難はそのせいもある? 怒ったアデルバード様が何かしたのかもしれない。 色々な疑問が浮かんでくるけれど、ただ一つ言えるのは目の前の彼が今の状況を何一つ理解出来てないってことだ。 ジュダ王子の婚約者だったご令嬢のことをずっと悪く言っているけれど、元を正せば婚約者が居ると分かっていて関係を結んだジュダ王子とアデレードが悪いわけだし……きっとこの騒動で王太子だったジュダ王子は窮地に立たされているのではないだろうか。 昔はそういったことは何も分からなかったけれど、ルート様から少しだけ教わって分かるようになって来たから、ロペス家がかなりギリギリの状態なのは理解出来た。 「アデレード……こんなことしても自分の首を締めるだけだよ」 「……うるさいっ!僕に偉そうに説教するな!!お前なんかただの出来損ないの花人の癖に!!!ムカつくムカつく!何もかもムカつく!!!どうしてなにも僕の思い通りにならないんだよ!!」 「アデレード……」 癇癪を起こした彼は昔の美しかった面影が感じられないほどに顔を歪めて歯ぎしりしながら僕を睨みつけてくる。 そうして、僕からラセットさんの方に視線を移すと、ニタリと嫌な笑みを浮かべて、何がおかしいのか肩を震わせて笑い始めた。 その狂った様に僕は微かに息を飲む。 「お前が悪いんだよ」 「……なに…?」 「その男を殺せ」 「!!」 アデレードの言葉に僕は驚愕して勢いよくラセットさんの方を振り返った。 彼の指示で、動けないラセットさんを跪かせた男がラセットさんに向かって剣を振り下ろそうと構えるのが確認できて、僕は何も考えずにただ無我夢中でラセットさんの元に駆ける。 「やめてっ!!!!」 僕の大声が屋敷中に木霊する。 ラセットさんに向かって剣が振り下ろされたその時、僕は勢いよく床を蹴ってラセットさんを庇うように彼の上に覆いかぶさった。 その瞬間、走馬灯のように頭の中にアデルバード様の顔が浮かんで消えた。

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