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 脱衣場にバスタオル、パッケージに入った紺のパジャマと下着が準備してあった。  いつ置きに来たのだろう、全く気が付かなかった。  東園の言った通り、本当に新品だ。  包みを手に取ったが開くのに躊躇ってしまう。だってファッションに疎い陽向でも知っているハイブランドのロゴが入っているから。買って返さないといけないだろうけど、いくらだろうか。光沢のある生地を見ていると頭が痛くなってきた。  別に、布団を用意してもらって寝る、普通の「お泊まり」ではないのだから今まで着ていた服でもいい気がする。  そうは思ったものの準備をしてくれた東園の労力を無視も出来ない。陽向は仕方なく着替えを始めた。  リビングに戻ると東園はキッチンに立ち鍋をかき回していた。さっきは点いていなかったTVもついている。  録画していたのだろう朝の幼児番組をソファに座った凛子がぼんやり見ていて、その頬は赤い。  陽向が風呂に行っている間に凛子は起きて来たらしい。陽向はキッチンの東園に顔を向けた。 「お風呂先にいただきました。凛子ちゃん起きたんだね。お熱計った?」 「ああ、まだ高いよ。食欲はないだろうけど、少しは食べさせないとな」 「そうだね」  東園がかき回しているのはお粥のようだ。陽向はソファの凛子の横にそろっと座った。 「凛子ちゃん、お父さんがお粥温かくしてくれているよ。他になにか食べたいものあるかな?」  凛子は赤い顔を陽向に向け、小さく首を降った。胸に抱いた猫のぬいぐるみをぎゅっと抱き締めている。 「ふにふにが出てきたね。ランブーとピリリンも。凛子ちゃんはどの子が好きかな?」  幼児番組にちょうど三匹のきぐるみキャラクターが出てきた。番組もエンディングに差し掛かかっている。三びきのキャラクターが番組テーマソングに合わせて踊り、それからバイバイする流れだ。 「りんちゃん、ランブー」 「そうか、ランブー可愛いよね」  凛子は嬉しそうに目を細めて猫のぬいぐるみに顔を埋めた。 「あ、そうだ。ちょっと待っててね」  確か紙袋に折紙を入れたはず。紙袋の中からピンクの折紙を引き抜き縦半分に折り開く。以前ネットで調べた折り方でランブ-を作ったら子ども達に好評だった。折り方自体は簡単なので、ものの1分もかからず折り上げられる。後は目を書き入れるだけ。  陽向はテーブルにおかゆとスプーンを置いていた東園にペンを借りて目を入れた。  大きな瞳にバサバサのまつげ、可愛い声の持ち主のランブ-は女の子に人気のキャラクターだ。陽向は黒く塗りつぶした縦長の丸にまつげをちょんちょんとつけてゆく。我ながらいい出来だ。 「ランブ-」 「そう、ランブ-だよ。凛子ちゃんにあげるね。頑張っておかゆ食べようね」 凛子は陽向の渡したランブ-の折り紙を受け取るとしげしげと見つめた。 「ひーたんああがとう」  赤い頬が緩んでいる。子どもが喜んでいると陽向も嬉しくなる。 「さあご飯にしよう」  東園がランブ-折り紙を握りしめた凛子をひょいと抱き上げ幼児用の椅子に座らせた。 椅子に食事用の台が取り付けられるタイプで背が猫のデザインになっている。  冷ましながら凛子の口にスプーンを運ぶ東園に対して、凛子はスプーンの端を舐めるほどの量しか口に入れさせない。ぐずる凛子を一緒になだめるが食欲がないのだろう、スプーン一杯もなくならない。  その様子を見ながら陽向は少し反省していた。つい東園をαだから、むかしこんなことを言われたから、と嫌なやつだろうと斜めに見ていたが目の前の東園は我が子に少しでも食べてもらおうと必死な普通の父親だ。  あれから随分時間が経っているのだ、東園も変わったのだろう。こちらも気持ちを改めないと、と思う。  なんとかお椀の半分がなくなったところで、今度は薬に手間取っている。  どうしても飲ませたい父親とどうしても飲みたくない子のバトルは熾烈を極め、東園の表情に疲れが見え始めた。 「ちょっと薬もらっていい? あとお皿借りるね」 「え、ああ」  陽向は粉薬を受け取ると食器棚から可愛らしい柄の皿を取った。買ってきたプリンを皿にのせ凛子に見えないように背で皿を隠しつつ手前だけ崩し粉を隙間に流し込んだ。 「はい、凛子ちゃんご飯食べられたご褒美のプリンだよ。ちょっとだけ食べてみる?」  陽向は凛子に崩れていないプリンの角をちょっとだけ掬うと凛子の口元へ持って行った。近づいてきたスプーンにつられるように凛子が口を開く。パクリとプリンを口に入れると凛子の口元が緩んだ。 「プリンおいしいかな」   陽向が問いかけると凛子は小さくうなずいた。今度は薬を挟んだプリンの番だ。食べてくれるといいのだけれど、期待を隠し凛子の口元にスプーンを持って行くと、凛子は疑うことなく口を開けプリンを食べた。味に違いがあるほどは挟んでないけれど、薬の存在がばれたら、と思うとひやひやする。凛子は気がつかなかったようですぐに口を開けた。まだ欲しいと催促する凛子に薬を挟んだプリンをせっせと運び、あっという間にプリンはなくなってしまった。 「助かったよありがとう。さあごちそうさまをしたら凛子はもう寝ような」  手を合わせた凛子を椅子から抱き上げた東園は、歯磨きしなきゃなと凛子に優しく話しかけながら洗面台の方へ消えた。

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