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「上に部屋があるから遠慮せず休んで欲しいんだけど、交互にしようか。俺が寝ないと三田村も休みにくいだろ。日中、仕事があったのに来てもらって。本当にありがとな」 「いいよ、同級生のよしみだし。そうだね、交互に休もう」  そういえば凛子はパパ、お父さん、ではなく、かおちゃんと呼んでいた。 「かおちゃんから寝て」  ごほっと東園がえずいて、陽向は慌ててごめんと謝った。あまりにも可愛い呼ばれ方だったので真似してみただけだったけれど、随分驚かせてしまったようだ。口元を抑えて二度ほど咳き込んだ東園は大丈夫、大丈夫と頷いた。 「ほんとごめん、かおちゃんって呼ばれていたから、つい出来心で、」 「いや、ちょっと驚いただけだから」  ふーっと息を吐いたあと「三田村、俺のこと昔凄く嫌っていただろ? だからそんな風に呼ばれるとは思わなかった」と苦笑した。いや顔は確かに笑っているが目が笑ってない。 「い、いや、別に嫌っていたなんて事ないよ。ただちょっと、近寄りがたい感じだっただけで」  あの当時東園を嫌っていたかと聞かれれば、よく考えると嫌い、大嫌いと言い切るほどの強烈な感情はなかった。好き嫌いで言えば、匂いとか言われたことを総合して嫌い寄りだけれど。だとしても、本人を目の前にして、うん、まあまあ嫌いだったよ、と言えるほどの胆力を陽向は持ち合わせていなかった。 「嘘だな。話しかけようとして、避けられた記憶があるからな」 「ちがっ、……に、苦手だなって思った事はあったかもだけど、別に嫌いってまでは、なかったよ」 「今日話してみてもやっぱり苦手だと思うか?」  東園が陽向の目を真っ直ぐ見つめてくるので少々居心地が悪い。陽向は大きく首を横に振って「いいお父さんになったんだなって、感慨深く見ています」と言った。 「いいお父さんな」  少し笑った東園はなにか言いかけて後頭部をがりがりと掻いた。 「ありがたいんだが、俺は本当の父親じゃないんだ。結婚したこともない。でもそう見えているなら嬉しいよ」 「え、」 瞬きを数度繰り返して陽向は「そうなんだ」と頷いた。二人の仲よさげな様子から、二人が親子と疑わなかった。 「凛子ちゃんも懐いているし、いいお父さんに見えたよ。ああ、だからかおちゃんなのか」  東園が頷く。東園の子どもじゃないとしたら、一体どんな事情があるのか。幼稚園に勤務して陽向は、一般家庭と一言で表されるものの中身は千差万別だと知った。自分の知る家庭の形とは違うけれど幸せに暮らしている人達をたくさん見てきた。     何も聞くまい。東園と凛子が幸せならそれできっといいのだ。 「そこで陽向先生にご相談があるんだが」 「相談?」   陽向は首を傾げる。東園は神妙な面持ちで口を開いた。 「凛子は、……産まれて半年で俺の両親に預けられ、今まで海外で暮らしていたんだ。俺も一緒だったし、家には両親にメイドも複数いたから寂しい環境ではなかったんだが、ここは日中、家政婦がいるだけだ。もともと人見知りで大人しい凛子には落ち着いた環境が合っているんじゃないかと雇う人数も最小限にしているんだが、今までと環境が変わりすぎてかこちらに来てから凛子は元気がない状態で、……心配している」 「そうなんだ。一緒だったご両親と離れて寂しいのかなぁ。こちらに来られることはないの?」 「一年後には日本に戻る予定なんだが、まだ決まったわけじゃない」 「ベビーシッターさんを雇ったら?」 「帰国してすぐ一人雇ったんだが凛子がなかなか慣れなかったのと、いろいろ問題があって辞めてもらった」 「いろいろって?」 「凛子より俺に興味があるようで、安心して家に来てもらえる感じではなかった」 「ああ、なるほど。それは……なんとも、大変だったね」  一見して分かる生活水準の高さとαらしい容姿が裏目に出ることもあるんだな。男性なのか女性なのかは知らないが、そのシッターさんにもちょっと同情する。こんな完璧な男が同じ空間にいたら気にせずにはいられなかったのだろう。モテを経験せず生きてきた陽向からすればイケメンは爆ぜろと呪ってしまいそうだ。いや呪わないけど。    同情の意を示した陽向に東園は「そこで三田村にシッターを頼みたいんだ」と続けた。 「え、ぼく?」  東園は大きく頷く。 「三田村幼稚園退職したんだろ? 凛子も三田村とは仲良くなれそうだし、俺も三田村なら安心して任せられるから」 「いやっ、幼稚園で働いていたとはいってもシッターはしたことないよ。せいぜい姪っ子や甥っ子の世話程度だし」 「それで十分だ。今の給料に上乗せした金額で契約したいと思っている」 「いやいや、無理だよっ。申し訳ないけど他を当たって」 「……そうか」  激しく首を振る陽向の目にしょんぼりと眉を下げる東園が見える。  ちょっと心が痛むけれど、シッターは無理だと思う。陽向はΩで雇い主になる東園はαだ。一般的にシッターや家政婦、家庭に入る清掃業等の求人にΩの採用枠は少ない。企業側のリスク管理だ。  東園のような立場のある、しかも容姿に優れた人間が陽向のようなぱっとしないΩに手を出すなんてあり得ないが、発情は爆弾と同じだ。いつ何時誰を巻き込み爆発するか分からない。 「三田村ならと思ったんだけど残念だよ」  本当に残念そうなので陽向はそんな東園にひっそりと驚いていた。Ωに頼んでも断られるのは分かりきった事だろうと思う。陽向がΩでも間違いなど起こさない、自信の現れかもしれないけれど。

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