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「ああ、4つ上だ。俺が中学の時、姉は東京にいたから知らなくて当然だな」  それでは東園が中学当時、家族は別居していたことになるが。  東園家は謎が多いなと思いつつ、家庭の事情だ、突っ込んで聞くのはやめようと思う。 「お姉さん東園と似ているの?」  と聞いたところで陽向の腹がきゅうと鳴った。自分の腹を見て、顔を上げる。東園と目が合いお互いぷっと吹き出した。 「三田村腹減ってるみたいだな。なにか作ろうか」 「……なんかすみません」  東園がキッチンに立ったので陽向は凛子の様子を確認するため襖の隙間から和室をのぞき込んだ。さっきと向きが変わっているがちゃんと布団を着ている。  スマホを見ると午前6時半。起こすには早すぎるだろう。そっと襖を閉めたあと、陽向はなにか手伝おうとキッチンに向かった。  東園はキッチンの真ん中でスマホ片手に突っ立っている。何をそんなに真剣に眺めているんだろう、なんかぶつぶつ呟いているし。  近づいて「どうしたの?」と聞くと、びくっと肩を揺らした東園はスマホを消した。 「いや、なんでもない」  明らかになにか調べていたくせに。じとっと見ているとみるみる渋面になっていく東園が「全く出来なくて」と呟いた。 「なにが」 「料理が」  東園は背後にある、ファミリー向けなのだろう、陽向が持っているのより三倍は大きいシルバーベージュの冷蔵庫を開いた。 「材料はあるんだ。家政婦の三浦さんが入れてるから」 「そうなんだ。家政婦さんがいるなら自分で作る必要ないもんね」 「いや、何もかも出来ないわけじゃないんだ。温めるくらいは出来るし、コーヒーは淹れられる。カップ焼きそばも作ったことある」  一歩近づいた東園がむきになって言うものだから陽向は堪えきれずぷっと吹き出した。 「ふふ、ごめん。馬鹿にした訳じゃないんだ、言い方が悪かったね。僕ならどうしても今食べなきゃって感じでもないけど東園はお腹すいた? もし食べるなら僕が作ろうか、目玉焼きくらいなら出来るから」 「じゃあ頼む」  東園は素直に役目を降り、陽向は東園の横から冷蔵庫の中を眺めた。  確かにたくさん食材が入っている。卵もあるようだし、ソーセージ、ベーコンも見える。キッチンの棚に食パンもあった。あとなにか野菜があれば良さそうだと思う。 「下も開けていい?」 「ああ」  野菜室を見るとレタスやキュウリ、トマトもある。ご主人様も要望に添えるよう、きっちり揃えてあるのだろう。さすがだなと思う。 「すごいね、なんでもある。使うけどいいのかな?」  真横に立つ東園が頷いたので陽向は調理を始めた。  目玉焼き、ベーコン、レタスとトマトのサラダは出来る。ドレッシングもあった。    キャベツに人参、玉ねぎもあるから、あとコンソメがあったらソーセージ入りのコンソメスープも出来そうだけど。  広いシステムキッチンの引き出しを開けていくと様々な香辛料の瓶が並んでいる小棚があり、そこにコンソメもあった。  スープを作っていると横で東園がうろついていて、正直ちょっと邪魔だなと思う。 「あの、レタスでもちぎる?」  頷いたのでレタスと勝手に取り出したざるを渡した。 「大きさはどのくらい?」 「自分が食べやすい大きさでいいよ」  東園は神妙に頷いて定規で測ると言い出しそうな真剣さでレタスをちぎり始めた。  朝食を作ると言った陽向だが実際は簡単なものしか作ったことはない。ざくざく切った野菜、コンソメとソーセージを鍋に入れ煮込んでいるうちに卵、ベーコンを焼く。出来た目玉焼きとベーコンを皿に盛り、ダイニングテーブルに運んだ。トマトを切ったところでレタスの様子を窺うと、ようやくちぎり終わったらしく、東園にボールに盛り付けるようにお願いした。食パンを焼き、最後にスープの味を塩こしょうで味を調えて終わりだ。 「今のうちに食べちゃおう。プロじゃないから味は保証できないよ」 「いや、美味しそうじゃないか。これだけ出来れば十分だよ。三田村はすごいな」  大げさなくらい褒められ小さい子になった気分だ。とにかく食べようと東園に座るよう促した。東園はいただきますと手を合わせ箸を取った。 「美味しいよ、ありがとう」  料理とは言えない料理だけど、満面の笑みを向けられて作った労力は霧散した。東園はいちいち感想を伝えてくれるが本当にただ焼いただけ、煮込んだだけなので恥ずかしくなってくる。  食べ終えてほどなく凛子が泣きながら起きてきた。  抱きあげるとその身体は熱く陽向があやしている間に東園が水分を取らせる。 「まだきつそうだね」  お白湯を嫌がる凛子に紙パックのリンゴジュースを飲ませながら東園が頷く。  額をそっと触り「熱もまだあるな」と呟いた。 「抱っこ代わって」  飲み終えた紙パックをゴミ箱に捨てた東園に凛子を預ける。 「凛子ちゃん、お腹はどうかな? なにか食べるかな」  鼻が赤く、目は潤み目の周りの皮膚もうっすら赤い凛子がいやいやと首を振った。 「そうかー、でも病気をやっつけるには元気もりもりにならないといけないんだ。凛子ちゃんが食べられそうなもの、教えてくれる?」  凛子の顔をのぞき込むとやはり首を振る。 「じゃあアイスとか冷たいのは食べられるかな?」 「アイス」  頷いた凛子の声がかすれている。喉が腫れてしゃべるのが億劫なのかもしれない。 「そっか」  凛子の頭を撫でていると東園が「バニラのカップアイスならあるはず」と頷いた。  前回は陽向が口に運んだが今回は東園が担当した。  同じ手が通じるかなとドキドキしながら薬をサンドしたアイスを凛子の口に運ぶ東園の手元を眺める。一口目、全く薬の存在に気づくことなく飲み込んだ凛子は五口目まではなんとか食べたがそのあとは要らないと首を振った。  東園はもうちょっと食べさせたかったようだが、それ以上は無理のようで泣かないうちに陽向は凛子を抱き上げた。少しでも薬が身体に入って良かったと思う。  外が明るくなってきたのでカーテンの隙間から外を覗く。この、邸宅が四軒は建つほどの広い庭に、小さなブランコと三輪車が置いてある。

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