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「あれは凛子ちゃんの三輪車?」  陽向に抱かれた凛子が潤んだ瞳を外にむけ「うん」と頷いた。  しばらく二人で外を眺めていると東園が隣に立って「代わるよ」と凛子を抱き取った。 「あ、9時には家政婦さんが来るんだよね。その前に帰ろうかなと思うけど大丈夫そう?」  東園を見ると大きく横に首を振り、凛子は手を伸ばし陽向に抱かれようとむずかった。 「ん? こっち来る?」  手を伸ばす凛子を胸に抱くとぎゅっと陽向のパジャマをつかんだ。その仕草が可愛らしくキュンときた。 「凛子は三田村にいて欲しいらしい。なあ、やっぱりシッターの件、駄目か?」 「え? ああ、そうね」  腕の中の凛子がじっと陽向を見ている。可愛い凛子と、姉の子を育てる叔父。手助けしたいのはやまやま だけれど。 「でもな、ううん、やっぱりちょっと」 「なにか引っかかる事がある?」 「引っかかるって言うか、その、僕はほら、Ωだし、」  もごもご言う陽向に東園は「それか」と微笑んだ。 「今はα用の興奮抑制剤も多種あるし俺も予防の為に服用している。間違っても三田村に襲いかかることはないから安心して」 「そう、かもしれないけど」  α向けの薬が普及しているのは知っていたが陽向は服用している人間を見たことがなかった。そもそもΩもだがαも人口が少ない。  立場のある人間は行き会うこと自体少ないΩの、しかもそうない公共の場での発情に備えての自衛もしているのかと驚く。  Ωの発情に誘われて意志とは関係なく子をなしてしまい慰謝料を取られるケースもたまにニュースで聞くから必要なのだろう。まあ、東園はそもそも陽向に誘われるほど飢えてないだろう。 「じゃあ、えーとちゃんとした人が見つかるまでならいいよ。僕も次の就職先見つかってないし」 「そうか、ありがとう。助かるよ」  東園の満面の笑みに、つられて微笑む。そして「いつ引っ越せる?」と笑顔のまま聞かれた。 「引っ越し? 近くに?」  確かに自宅からはちょっと遠いかもしれない。しかしこの近くは地価が高いと聞いている、よって家賃相場も高いはずだ。貯金は出来るだけ取っておきたいので引っ越しはしたくない。 「いや、ここに」 「は?」 「上に部屋があって、ベッド、クローゼット、ラックはあるから使って。ベッド、こだわりがあるならこちらのを捨てていいから」 「いやいやいや、それじゃここに住むって事になるよね」  東園は力強く頷いた。 「三田村にはずっと家にいて欲しいと思ってる。以前は仕事で深夜まで手が離せないときもあったから、今後そういう事が無いとは言い切れない。だから朝や夜、凛子が寂しくないようにいてもらえると助かる。出来る限りないようにしているけれど、出張もないとも言い切れない。通いだと大変だし、夜遅くに三田村を帰すのは危なくて出来ない」 危ないとは、発情期の事だろうか。 「ええっと、そんな危ないってほどでは無いんだけど」  発情期に薬を飲まず道をうろついていたら危ないだろうけれど密室ではない屋外はΩらしくない陽向にとってそれほど恐ろしくない。もちろん深夜は別だし、東園なりにΩの陽向を気遣っての発言だろうから頭から反論するのも違うかなと思う。  東園が凛子とともに生活をする人を求めているのはよく分かった。 「ええと、なんて言ったらいいのかな、その、一緒に暮らすって、本当に大丈夫、かな」 「何が心配?」 「えっと、家族みたいに暮らすって事でしょう? その、僕は凛子ちゃんにどう接するのが正解か分からないかも。ほら、僕らも今日、いや昨日か、久しぶりに会ったばかりだし」 「三田村は真面目だな」  抱っこに飽きてきたのか凛子が降りたがったのでソファに座らせた。 「普段の三田村のまま、ここで暮らしてくれるだけでいい。暮らしていく中で、色々とあるだろうがその都度話し合えたらいいと思う」  そういうものだろうか。他人と暮らしたことがないから分からない。 「えーと、ううん、じゃあ、試しにちょっと泊まってみて、でもいい? シッターもだけど、家族以外と暮らした事がないから、出来るかどうか正直分からない」 「もちろん」  破顔した東園を見ながら陽向は苦笑する。とりあえずのシッターが決まり東園はご機嫌だ。凛子の体温を測り忘れていたのを思い出し、体温計を出してもらった。  これからここで、凛子と過ごすならばこういった小物の場所も教えてもらわないとなと思う。  凛子はやはり、昨日より熱が上がっていた。

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