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④
「うん、今まで問題があった事がないよ」
「今までに? なにもないって事あるのか? よく抑制剤が合わなくてトラブルに、なんてニュースあるだろ。過去に一度もなかったのか」
またちらりと視線だけ寄越す。
「それが本当になにもないんだよね。母がΩだから小学校前に検査受けさせられて分かったんだ。それからずっと抑制剤を服用してるからかな、実は発情期もあんまり感じた事がないんだ」
「発情期がないってことか?」
「ううん、発情期は多分あるけど微熱が出るくらいで生活に全く問題ないんだ。仕事も休んだことない。Ωのレベル、なんてあるのか分からないけど、そういうのが低いんじゃないかな。普通はΩってαが分かるって言われてるけど全然分からないんだよね。ま、自分としては生きやすいからありがたいけど」
東園は難しい顔で前を見ながらそうか、と呟いた。
聞かれた事に答えながら、こんなことまですらすら話す自分に自分で驚いている。康平とも話した記憶がない。いや、康平はそんなこと聞くような奴じゃないので聞かれた事がないだけだろう。ほんの数週間なのにずいぶん慣れたものだと思う。
暫く考え事でもしているのか黙っていた東園だったがまだ自宅ではないのに車を駐車しはじめた。
「ここどこ?」
「行けば分かるよ」
にっと笑った東園に子供っぽいこと言うんだなと思う。
店なら駐車場に看板があるから分かりそうなもの。しかし車から降りて見回すけれど、看板も店もない。住宅街にあるただの駐車場だ。
「こっちだ」
東園が指したのは駐車場奥の生け垣だった。東園について歩き始める。生け垣は一部隙間がありそこから大人二人は並んで歩けないほどの小道が続いていた。
平石が配置された歩道に、草丈の低い可愛らしい花が咲いている。その奥にはさまざまな種類の樹木が並び立っている。紅葉した葉が数枚残った枝ばかりの木もあれば青々茂る木もある。その可愛らしさにわぁと声を上げた。
「ファンタジーっぽい道だね。先に魔女の家とかありそう」
「魔女の家はないけど、陽向は喜ぶんじゃないかな」
前を歩く東園の声が弾んでいる。なんだろう。自分が喜びそうな場所って。
小道は東園で塞がっていて先まで見通せない。
ふと東園は首もとが寒そうだなと思う。陽向はマフラーをしているけど、それでも今日は寒い。
先が開け東園が立ち止まった隣に並ぶと木々に囲まれた小さな家があった。
レンガ作りの家を大小様々な種類の草木が囲んでいる。自生しているようだれどきっとそう見えるように配置されているんじゃないかと思う。北欧のハウスカタログに載っていそうな可愛らしさにため息が出る。
「うわ、思った通りの感じだ。いいなあ、こんな家に住んでみたい」
「え」
随分と身の詰まった「え」だった。隣を見ると東園は陽向と可愛い家を交互に見たあと目を瞬かせた。
「だって可愛くない?」
「いやでも、うちは新築だし、家具家電揃ってるから暮らしやすいと思うけど」
「……見た目が可愛いから、一日だけでもって話だよ。そりゃお宅の方がずっと暮らすにはいいと思うよ。なに競ってるの」
笑いながらうけるーと顔をのぞき込むと東園はきゅっと眉を寄せ「いこう」と歩き出した。
大股で先に行くし、ここ誰かの家なの、と聞いても答えてくれなかったので、からかいすぎたかもしれない。
「馨くん、ごめんて」
腕を引くのと東園が扉を開くのと、同時だった。ふわりと甘い香りが漂い陽向は東園の後ろから扉の向こうを覗き込んだ。
妙に輝いて見えるガラスのショーケースに鮮やかなケーキとカラフルなマカロンが並んでいる。
「うわあ、綺麗」
店内は外観の雰囲気そのままに至る所にこびとや猫の人形が飾られ、本当にファンタジー小説に出てくる魔女や薬屋さんがひょこっと出てきそうだ。扉の横に大きなクリスマスツリーがあってその青、赤、黄、ピンク、緑の電飾がガラスに映っている。
バターのいい匂いとバニラの甘さをいっぱいに吸い込んではあと息をついた。
「身体の中がいい匂いで浄化された感じ」
「今まで汚れてたのかよ。ここ、来たいって言ってただろ」
「言ったかな、……あ、もしかして誕生日ケーキのところ?」
陽向の誕生日が先月二十日で、東園が会社帰りにバースデーケーキを買ってきてくれたのだ。
一人暮らしを始めてからというもの、当日に誕生日を祝う、なんてことなかったのでもういいのに、と言いながらもちょっと嬉しかった。
ホールケーキなんて何年振りかも分からないほどだが東園の買ってきたバースデーケーキは陽向のよく知っている生クリームにイチゴの乗ったものとは違っていた。
チョコケーキの土台にマカロンとフルーツ、砂糖菓子の小さなマーガレットが可愛らしく飾られていてその華やかさに驚いた。
その時、東園にどこで買ったのか聞いた気がする。行ってみたいとも確か言った。
「そう。ほらいろいろあるだろ」
「ホントだ。どれも可愛いね。あ、これこの間りんちゃんに買ってきたやつだ」
東園の指す先に、バースデーケーキと別に買ってきたウサギの形にデコレーションしてあるプリンがあった。
耳はクッキー、耳飾りに砂糖菓子のマーガレット、チョコチップの目、生クリームとフルーツで飾ってある見た目に可愛いプリンは凛子用で、夕飯後に出したら目を輝かせていた。
あっという間に食べてしまって、凛子はもう一個欲しいと東園にお願いしていた。
バースデーケーキは凛子には早いかもと今回は凛子が寝たあと、大人だけで食べたのだが濃厚なチョコクリームと甘酸っぱいフルーツが絶妙で陽向はこのケーキの大ファンになったのだ。陽向の食べたホールケーキは売れてしまったのかなく、生クリーム土台にマカロンとフルーツの乗ったケーキとベイクドチーズケーキがある。
「この間のケーキはないね。この時間だもんね。これ、このクマさんのプリンも可愛いな」
「ホールはないけどほら、ショートケーキはあるぞ。凛子はウサギが好きだから、ウサギが無難かな」
「確かに。この前のが良かったって言うかもしれないね」
店内はそう広くないが夕方だからか客は陽向達のほかにひと組だけ、ゆっくり見ることが出来て嬉しい。
しかし完売したケーキも多いようで隙間が目立つ。
ウサギのプリンとガトーショコラ、チョコのショートケーキ、三浦へのお土産としてマカロンを買って帰ることにした。
「良くこんなところ知っていたね。お店の看板出てなかった」
「ここは高校の同級生が経営しているんだ。今日はいなかったけど」
「高校って、近く?」
東園が教えてくれたのは地方出身の陽向でも名前を知っている有名私立の高校だった。
確か学力が相当に高くないと入れない学校だったような。中学当時も東園はクラスで一、二を争う成績だったような気がするので当然と言えば当然かもしれない。
小道を引き返しながら店内にあったチラシを眺めていた陽向に東園は転ぶぞと声を掛けた。
「クリスマスケーキはさらにゴージャスだね。いろんな種類がある」
「なにか良さそうなのはあったか?」
「ん? もうすでに×が付いているのもあるね。人気店なんだ、すごいな」
「帰ってゆっくり見よう」
後ろから言われ陽向は渋々頷きチラシから目を離した。
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