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運命のつがいと初恋 第三章 ①

当分来ることはないと思っていた。  東園宅の前で思わず足を止めた陽向に、東園が玄関扉を開いたまま「陽向?」と声をかけた。そそくさと入る陽向の目がリビングから迎え出た三浦を捉える。 「陽向さんっ、大変でしたね」 「ご心配かけちゃって、すみません」  マンションで東園がどこそこに連絡していたからその時に三浦にも連絡したのだろう。    そう若くもない男が襲われたなんて情けない。しかし発情期の方が恥ずかし具合では上なので、まあ平気かなとひっそり思う。 「ほんと、世の中おかしな人もいるもんですね」  先に靴を脱いだ東園が持っていた陽向の入院用ボストンバッグを三浦に渡した。 「あ、それ僕がしますから」  リビングに入る前にいいんですよ、と遠慮する三浦からボストンバッグをほぼ無理矢理奪いほっとする。  入院中、部屋で頻繁に自慰をしていたので万が一だが汚れでもしていたらいけない。これは陽向が陽向の責任で綺麗にしたいと思う。 「せっかくのお顔が、本当に痛そう。消毒はしました?」 「あ、大丈夫です」 「お腹すいたでしょう、ご飯ありますから」  そういえば午前中退院して、空港でなにか食べようと思っていたから昼ご飯すら食べていなかった。  よく考えてみるとお腹がすいている。 「ありがとうございます」 「陽向さん、こないだも痩せて帰ってきたから心配で。シチュー作ってますから用意しますね」  三浦の気遣いが温かく、嬉しい。  リビングに入るとニュース番組が流れていて、暖かな空気に包まれた。外が寒かっただけにほっと息が漏れる。家に帰ってきたな、と思う。  しかしリビングにいると思っていた凛子がいない。 「りんちゃんは?」 「凛子は両親と一緒だ。そのまま泊まって明日、両親が遊園地に連れて行くらしい」 「そうなんだ、りんちゃん夜はわくわくで眠れないかもね」 「明日土曜日だろ、混んでないといいけどな」  凛子がいないのはちょっと残念だがこの顔で会ったら怖がらせてしまうかもしれない。  陽向は三浦が夕食の準備をしてくれている間に脱衣所へ向かった。ボストンバッグを床に置いて開くと東園がやってきて「俺一度社に戻るよ」と言った。 「仕事中だったの?」 「いやちょっと書類を取りに行くだけだよ」  一度開いたバッグを閉じ、出かけるという東園について玄関まで行く。 「なんか、ごめんね。今日はありがとう」 「もっと早く着けばこんなことにならなかった」  靴を履いた東園はくるりと振り返ると陽向の口元をそっとなぞった。  他人に触られ慣れていないせいか、ちょっとの触れ合いにも陽向はドキッとしてしまう。  たたきに立つ東園はいつもより目線が近い。涼やかな目元に、高い鼻梁。どこから見ても、いつ見ても、整った美形だ。  今更ながらなんて不相応な相手に頼んでしまったのかと悄気込む。のこのこ着いてきたけれど本当に良かったのか少し不安になってしまう。 「いや、馨が来てくれて本当に良かった。遅くなる?」 「いやすぐ戻る予定だよ。陽向は休んでて」  ふっと目元を緩め、東園は玄関ドアを開いた。  三浦を見送り入浴後、陽向はソファでうとうとしていた。  三浦の作ったシチューは美味しかったし、  ゆっくり風呂につかって身体はほかほかだ。欲していたすべてが今、満たされている、そんな感じだ。  遠くにテレビから流れる近頃よく耳にする音楽が聞こえる。  眠る直前の心地よさ。  意識がとろとろになってゆく。  いつしかテレビの音声が遠ざかり、近くにあったブルーのクッションを抱き締めごろんとソファに寝転がった。  ちょっとだけ。すぐ起きるから。  ガチャンと物音がして、陽向の目がぱちんと開いた。  ソファから飛び起きると「ああ、ごめん。うるさかったな」とキッチンから声がした。  目を擦って顔を向けるとすっかりリラックスムードの東園が流しの前に立っている。  体格に恵まれていると、スウェット姿でも様になるからうらやましい。  陽向が伸びをすると、背後から「陽向も飲む?」と聞かれて振り向いた。東園はビールの缶を持ち上げて見せた。 「うん。いつ帰ったの? 気が付かなかった」 「二時間前、かな」 「そんなに前! ごめん、もう夜食べたよね?」 「疲れてたんだろ、今日は色々あったからな」  キッチンに入ると流しに食器が重ねてあった。  本当は陽向が食事の準備する予定だったのに、寝てしまった。  ミックスナッツの缶から皿に流し込む東園の横でせめて片付けくらいと、陽向は食洗機を開く。入れるだけだけど隣で「ありがとう」と機嫌良く言う東園に、「それどこのビール?」と聞いた。  ナッツの準備が終わった東園は見たことのないビール缶のプルトップを指で引っかけていた。 「どこかな、頂き物のクラフトビールなんだ。フルーティな味わい、らしいぞ」  黄色にウサギのイラストが入った缶を持ち上げて東園が読み上げる。 「フルーティ? 普通のビールしか飲んだことないからちょっと楽しみ」  ガラスのタンブラーに注ぐ東園の手元を見ているが、色は普通のビールと変わりない。 「飲んでみよう、乾杯」 「乾杯」  キッチンで立ったままの試飲となった。  口に含んだ瞬間爽やかな柑橘の香りと酸っぱさを感じる。普通のビールよりすっきり軽いのどごしだった。隣を見るとぐっとあおったタンブラーの残りが1㎝程度になっていて驚く。 「爽やかだね」 「ああ、俺は普通のが好きかな」 「そう? すっきりしてていいんじゃない」 さあ座ろう、と促され対面で座る。

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