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②
リモコンでテレビをつけ、ニュースを見ながらテーブルの真ん中に置いたナッツをつまむ。
「陽向と飲むのは初めてだな」
「そうだね、外では飲まないから」
「どうして?」
「飲むって言っても缶ビール一本くらいしか飲めないから」
「そうか」
タンブラーの残りを飲んだ東園はCMでよく見るビールを出してつぎ足している。
「馨は? 馨も普段飲まないよね?」
「俺は嫌いじゃないから飲むよ。でも凛子と暮らし始めてたまにしか飲まなくなったけど」
「そうなんだ。飲みっぷりいいから酒強そうにみえる」
「確かに酔わないかな」
ふわっと欠伸が出る。
さっき寝たのにと思いながら陽向も最後の一口になったビールを飲む。爽やか過ぎてするすると飲めてしまう。
「陽向は少し顔が赤いな」
「そうかな、これ美味しかった。あ、もう要らないよ」
ビールを注ごうとする東園に首を振る。
じゃあと東園は自分のタンブラーに残りを流しこんだ。
久しぶりに飲んだからか確かに酔いが回ってきているかなと思う。たった一杯だけれど。
頬杖をついて今日は色々あったなと思い出す。顔が少し熱い。
「そういえば、前に郵便にイタズラされてたんだけど、それも中原さん、の仕業だったのかな」
「いたずら? どんな?」
陽向はタンブラーの縁をなぞりながら今まであった嫌がらせを話した。東園は一度ぐっと眉を寄せたあと人差し指で顎を掻いた。
「奴のやったことかもな。証拠品は取ってある?」
「ううん、気持ちが悪いから全部捨てた。調べてもらうつもりもなかったし」
どうして、と陽向を見据える眸が聞きたそうにしている。陽向はゆっくり目を反らして「だって騒いでΩが住んでるってバレたら、また嫌がらせが増えるかもだし」と呟いた。
「とりあえず俺から調べてもらえるよう話すよ。今日、結構な騒ぎにはなったから、なかには陽向がΩだと気づいた人もいるだろう。陽向の気持ちは分かるがもう隠す意味がないかもしれない」
確かにそうだ。
まずパトカーがマンション内に駐車されたことで、在宅の人間がわらわらと見に来ていたし、警官、管理人、管理会社スタッフと複数が出入りしてその場は騒然としていた。
こうなってはしょうがない。
「もう解約すればいいんじゃないか。家はここがあるだろ」
曖昧に「そうだね」と返しながらここは東園さんちですよねと心で突っ込む。
友人を住まわせるなんて、お金に余裕がある人はおおらかなのかもしれない。気に入ったから出ていかないって、あとあと陽向がごねたらどうするつもりだろう。
金持ち喧嘩せずというもんな~と思いながらカシューナッツを口に放り込んだ。
「そろそろ寝ようかな」
もぐもぐと口を動かしながら自分の手首を見る。ネクタイが擦れたところが所々赤い斑点になって残っている。
改めて今日あったことなんだな、と思う。
今こうやって穏やかにビールを飲んで、いい気分になっているから遠い昔のことのようだけれど。
「本当に今日はありがとう。馨は命の恩人だよ」
何度もありがとうと言っているけど、何度言ってもいい足りない。東園は目を見開いたあと、小さく首を振った。
二階に上がる頃には陽向の欠伸が止まらず、視界もほぼ閉じかけていた。
さっき寝たのに、と思いつつ自分は今日本当に疲れたんだろうなと実感する。
一緒に上がってきた東園に「お休み」と言いつつ自分の部屋の扉を開くと、開いた扉を東園が押し締めた。
背後の東園に身体を向けると、「今日から陽向はこっち」と肩をおされ、え、と呟く間に東園の部屋に入れられてしまった。
真っ暗なのに、この部屋のどこにベッドがあるか知っている。
発情期に引き戻されたようで気恥ずかしさに身震いしてしまう。
「なんで」
「お互いに慣れないとだろ。やることがやることだけに」
やること。ほんの少し考えて思い至った事に全身がかあっと熱くなる。
少し開いた扉の隙間から入った光で東園の顔が見えた。微笑まれ引きつった笑いを返した。
なにも言葉を発せ無いまま東園におされベッドサイドまで進むと今度は手を取られベッドの中に引きずりこまれた。
枕は、寒くないか、などいろいろ聞かれながら慣れるってなんだ、とぐるぐる考える。
発情期のときはすごくしたくなるからその時してもらえればと思っていた。
αだってΩの発情にあてられると言うから簡単にできるものかと。
しかし東園自身が慣れる必要があるというならそうなのだろう。
陽向は東園がいない方に身体を向けて布団をぎゅっと抱きしめた。こうなったらさっさと寝るしかない。
「わ」
後ろから抱えるように密着されて思わず声がでた。
こんなコトされたら眠れないんですけど、と思うけれど東園も必死で慣れようとしているのかもしれないので言葉を飲んだ。
他人と一緒に寝るのがそもそもない事なのでとても眠れる気がしない。しかも当然だけど東園の匂いが染みついていてそわそわしてしまう。
「陽向、今日はゆっくり寝て明日から練習しような」
「……なんの練習?」
耳元で囁かれ身体がひくっと動く。耳と首筋がぞくぞくして、それが容易に消えないから困ってしまう。あんまり変な感じが続くからそっと耳をこすって感覚をけした。
「セックス」
「……あ、ああ、そう、」
人は驚きすぎると平常を取り繕うんだなとしばらく経って思う。
その間息も止まっていたので苦しくなったけれど、なんの音も立てたくなかったのでゆっくりと息を吸い込んだ。
もう今日は寝よう。頭に浮かんでは消える様々な疑問を一蹴して陽向はぎゅっと目をつぶった。
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