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 テーブルを拭いたあと流しで布巾を洗っていると隣に立っていた東園がすっと寄ってきてこめかみにキスをした。  は、と思う。  前を見ると今度は塗り絵をはじめた凛子とテレビを見つつ色塗りを褒める東園の両親。 「ちょ、ちょっと、やめろよ」  小声で非難しながら東園に顔を向ける。  見られてなかったようだからいいけど、万が一こっちを向いていたらどうするつもりだったのだ。  東園は睨んだ陽向の唇にキスをして背後から巻き付いてきた。 「ちょっ」 「はあ、今日もいい匂い。可愛い」 「は、離れて、見られるってば」  耳や首筋に鼻を押し当てる男を肘で押す。そうしてようやく離れた東園はご機嫌にカップを用意しはじめた。  前を確認したらお絵描きの歌を歌いながら三人でこちらを背に塗り絵に没頭していた。   見られていなくてほっとすると同時に顔がかっと熱くなる。  可愛いと言われた。  キッチンでいちゃいちゃするのは恋人とするものじゃないのかなと思う。  この男はいつも恋人とこういう風に過ごすのかもしれない。布巾を絞りながらすぐそこでカップボードからカトラリーを物色している東園を横目で見る。  ネイビーのハイネックセーターを着ている東園を見ながら、なぜか昨夜見た当人を思い出し陽向は一人、更に赤面する。  陽向と同じように夜一緒に寝て、さっきやったようにキッチンでキスをして。  そんな人が、今まで何人くらいいたんだろう、そう思うと胸の中がもやっとする。  なぜ、もやっと?  いつも感じるイケメン爆ぜろ的なもやっとに近いような、遠いような。  皿を食洗機に並べながら悶々としている陽向に遠くから声が掛かる。 「ひーたん、ひーたん」  はじかれたように顔を上げるとリビングの三人がこっちを見ておいでと手招きしている。  東園が代わるよ、と仕事を引き受けてくれたので、陽向は乞われるままリビングへ向かった。  夕飯は誠二郎の「智紀の鍋が食べたいな」で決まり、東園と陽向で買い出しに行った。  つきっきりで誠二郎に遊んで貰った凛子は二人が帰る頃にはうとうとしていたが、寝るというときになって目がギラついてきた。  凛子のベッドで絵本を読みながら陽向からもふあっと欠伸が零れる。これで3回目の絵本だ、陽向の身体もすっかり暖まっていた。  昼まで寝ていたのに、と思う。  絵本が終わる頃、ようやく凛子がすうすうと寝息を立てはじめる。  まだ眠りに入りたての凛子を起こさないように、しっかり寝るまで待つ。凛子のたてる寝息のリズムはなんとも心地よく、陽向の目も徐々に閉じてゆく。  ふと扉がきしんだ音を立てたような気がした。小さすぎて気のせいなのか分からない。  陽向は眠りに片足突っ込んだままそっと身体をそちらに向ける。廊下の光を背後に受けた人物がいる、顔がよく見えないが東園しかいないから間違いない。  音を立てないように歩み寄った東園は横になっている陽向の額に唇を寄せ「もう寝た?」と囁いた。  凛子はすでに深く眠っているようで、東園が近づいても寝息のリズムは変わらない。  頷くと腕を引かれ、陽向は音を立てないようにベッドから出た。東園は手首を握ったまま、陽向を廊下まで連れてくると今度は陽向を背後からぐいぐい押す。自分の部屋の前まで来ると今度は陽向の髪に顔を寄せたまま背後から腕を伸ばし部屋の扉を押し開いた。  え、と思う。 「馨、まさか今日も練習するの?」 「毎日ね」  当然といわんばかりの堂々とした答えに思わず黙った陽向だが、「明日起きられなかったら困るから今日はちょっと」と部屋に押し込まれながらも断った。  振り返った陽向を強く抱きしめた東園は黙ったままだ。あんまり長く包まれていると東園の匂いに酔ってしまいそうになる。  それに広い胸の中は心地がいい。  顎を掬われ顔が近づいてくる。深く舐め吸われることがどんなに気持ちがいいか、陽向は昨日知ったから、重なる瞬間胸が高鳴った。  舌が絡むキスは身体が熱くなる。  口では断ったくせに、と自分でも矛盾を感じながら東園に溺れてしまう。  東園の手が背中をまさぐり、そのうちに下着の中へ移動してきた。尻の合間に指が侵入すると、陽向の身体はびくりと震える。  ぷつっと唇が離れそこを追うように見上げると、目前の東園はにっと笑ってみせた。 「ちょっと濡れてるけど」 「……え、今日は抑制剤飲んだのに」  昨日は夜飲まなきゃならない抑制剤を、飲むまもなく練習が始まってしまった。だけど今日はすると思っていなかったので凛子の寝かしつけ二ラウンド目の前にちゃんと抑制剤を服用したのだ。  今まで普段の性欲もわりと抑えられていたのに、今回の薬もやはり効かないのか。発情期の相手を見つけたとはいえ少々落胆する。  しかしそもそもαに触られたΩはこうなるものなのかもしれない。  発情期で苦しむことのなかった陽向は、自分以外のΩ性の人と発情に関して話したこともなく、そういう記事を検索したこともなかった。  もしかしたら、目の前の東園は今までの経験から知っているのかもしれない。 「もう抑制剤飲む必要ないだろう」  耳元で囁かれまた唇が重なった。  深い口づけを受けながら多分もう、東園に他のΩの事を聞けないだろうなと思う。  明日ちゃんと起きなくちゃ。今強く思っても数秒後には忘れてしまう事を陽向はもう知っていた。

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