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③
「陽向、おはよう。時間だ」
少しかすれた低声がセクシーだと思う。教えたことはないけど。
さっきから頬や額に口づけられてうっすら意識があった陽向だが、もうそろそろちゃんと起きないとなと思う。
なんとなく開きづらく目を擦ると、髪を撫でていた東園が陽向の手を握り目から離す。
目元にキスをした東園はもう一度おはようと囁いた。
「もう起きなきゃ」
上体を起こすと東園が巻き付いてやたらとキスをしてくる。
「もうちょっと、遊ぶ時間入れて起こしたから」
「だめだ。遊びで終わらないじゃないか」
陽向はううんと伸びをして東園を振りほどきベッドを出た。
練習はきっちり毎日行われる。
予想通り二度目の練習翌日、寝過ごした陽向は平日はしないと強く主張した。が、東園に朝は自分が起こすからと押し切られ、今のところ毎日だ。
廊下に出てそっと凛子の部屋をのぞき見るとまだ深く眠っている。
昨日は幼稚園の日でしっかり遊んだからかもしれない。まだ寒いけど、やっぱり外遊びが必要だなと思う。
今日はお昼過ぎに近所にあるてんとうむし公園に連れて行こうかなと思う。
凛子は早く起こす必要がないので、まずは二人分朝食を作ることにした。
「智紀さんいつごろ到着ですか? りんちゃん、てんとうむし公園に連れて行こうかと思って」
「三時のおやつの時間には着くように来られるそうですよ。お外に出て身体を動かした方がいいですもんね」
「そうですよね。あそこまで10分も掛からないからお昼食べたあとちょっと出かけてきます」
東園宅固定電話に智紀から連絡があったのはそろそろお昼の準備をしようと話していた十一時半を過ぎた頃だった。
なんでも来週末のひな祭りのために、七段飾りを持って行くとのことだ。
ちょうどおととい陽向は凛子に教えながら折り紙のお内裏様とおひな様を作ったところだったから本物を見られるなんてラッキーだねと三浦と喜んだ。
「りんちゃん、りんちゃんのおひな様がくるよ」
昼食を作る手伝いの為キッチンにいる陽向から、リビングで音の出る絵本を読んでいた凛子に声をかける。
今日の凛子はピンクのトレーナーに紺色のズボンだ。凛子はズボンが嫌いだが、今日は公園に行くから、と説明するとしぶしぶ履いてくれた。
凛子は陽向の方へ顔を向けると和室を指さした。
「おひな様あるー」
和室に飾っていた折り紙のお内裏様とおひな様を指しているようだ。陽向はそうだねと頷いた。
「智紀さんがお人形を持ってくるんだ。階段をつくって、たくさんのお人形を並べるんだよ。その隣にりんちゃんが作った折り紙のお内裏様とおひな様も並べようね」
「ともちゃん、おうちくる、やったー! いついつ?」
「三時のおやつの時間だから、それまでにご飯食べてお散歩して待ってようね」
「やったー」
凛子がリビングで遊びはじめ、三浦と陽向はキッチンへ戻った。
「りんちゃんは本当に智紀さん大好きですよね」
「ええ、ええ。よく懐いていらっしゃいます。引き取った当初は久々の子育てに戸惑ってらしたけど、そこはやはり母親、なんでしょうね」
今日は鶏塩うどんにするという。陽向は三浦の作る鶏塩うどんが大好きだ。大人には潰し梅をのせてくれる。あっさりした出汁が美味しくて病み付きになる一品だ。
三浦が出来上がったうどんをテーブルに運んでる間に、陽向は取り分けた凛子用のうどんを食べやすい大きさにカットする。
「りんちゃんおいで。ご飯だよ」
凛子の椅子を準備し、手招きすると凛子は音の出る絵本を片付け寄ってくる。
「さあ、陽向さんも食べましょう」
「はい。じゃあ、頂きます」
「いたあきましゅ」
小さい手を合わせた凛子が子供用のフォークを握り食べ始める。今日はどのくらい食べるかな、と思いながら陽向も箸を取った。
食休みを経て凛子と陽向が東園宅を出たのが午後一時を過ぎた頃だ。
二月も終わり近づいたが、まだ外は寒い。
凛子はお気に入りのポケットにリボンの付いた薄紫のダウンを着ているので比較的ご機嫌だ。今日は公園遊びのあとも予定が入っているので、帰りもスムーズに誘導できそうだなと思う。
てんとうむし公園は東園家から二度曲がるだけの近場にあり、凛子も常連だ。
午前中から午後にかけては幼児の利用が多く、夕方は小学生が多い。
本当は地番の付いた名前が付いているが、公園の真ん中に砂場に囲まれたテントウムシのようなドーム状の遊具があるのでみんなからそう呼ばれている。
交通量の少ない道を通っていけるのも魅力で手を繋いでくれるときもあれば振り払って歩くこともある凛子を連れて行きやすい。
住宅地にある公園だが割と広く、いいことずくめのようだが三方が道路に面しているので、凛子がボール遊びをし始めたら注意が必要になるなと思う。
公園に入ると興奮した凛子が陽向の手を離し遊具へと走り出し、陽向も追う。
ドーム型の遊具は普通の階段、ロープを使って登る箇所、飛び石を使って両手両足を使い上る箇所があり、凛子は毎回全部制覇しないと気が済まないらしく登って滑ってを繰り返す。今日の凛子が走って行き着いた先は飛び石だった。
よいしょと登りはじめた凛子をいつでも支えられる距離で見守る。
なるべく助けを求めたときだけ手を貸そうと思っている、命の危険があるときは別だけれど。
飛び石は2列並んでおり、隣の列を凛子より身体の大きい男の子が登っていく。
年中さんくらいだろうか、身軽だなあと眺めていると凛子が同じようにしようと無理に右腕を伸ばし、しっかり掴まってないのに左手を離し、上手く掴めず滑らせた。
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