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⑤
公園は利用者の増減を繰り返し、夕食の時間帯になると横切るのは帰宅者だけになった。
住宅街の中にぽつんとある公園なので夜になると外灯の明かり以外は車道を走る車のヘッドライトが流れるようにあたりを照らしながら去って行くだけだ。
懐中電灯を持ってきていれば良かったなと思う。
凛子は依然見つかっていない。
三浦と連絡を取り、毎回がっかりする。
一度帰っておいでと智紀や三浦が何度も言って、三浦は迎えにも来てくれたが、もし凛子がここに戻ってきたら、と思うと帰れなかった。
こうちゃんとこうちゃんの母親は一部始終を目撃しており、必要になったらなんでも話すから、と連絡先をくれた。
あんなに一瞬で連れて行かれたら、防ぐのは無理よ、と励ましてくれたが、陽向からすればどう考えても自分の不注意のせいだと思う。なんとか慰めようと言葉を継いでくれる優しさに、項垂れたままありがとうと絞り出すしか出来なかった。
幼い子どもにこんなに怖い夜があっていいはずがない。
ベンチに座って車道を見ていた陽向は膝に置いた手に水滴が落ちてきたことに気がついた。雨だ。
そういえば深夜から明日朝にかけて雨が降る予報だった。気温も確か、これから下がる。
凛子は寒くないのか、気になる。
ちゃんとご飯は食べているのか、気になる。
冷たくなった手に息を吹きかける。
車のナンバーが分かっているから、そろそろ見つかっても良さそうなのに。
ぽつぽつと陽向に雨が落ちてくる。
コンビニに傘を買いに行く余裕はない。今度は絶対見逃さない。一瞬でも離れて、ここに帰ってきた凛子と会えなかったら嫌だ。
雨脚が強まり、陽向の前髪を水滴が伝い流れてゆく。
スマホが震えた気がして急いでポケットから取り出した。画面に拭いても拭いても雨粒が降り落ちてくる。
凛子が見つかった連絡でありますようにと祈りながら確認すると、こうちゃんの母親からのメールだった。
「陽向、帰ろう」
目の前にスーツの東園が立っていて、陽向の上に傘を差し出していた。
陽向は首を横に振る。
「りんちゃんが戻ってくるかもしれない」
「陽向、雨も降っている、身体が冷えるよ。今調べてくれているからここで待っていなくても大丈夫だ、すぐに凛子は戻ってくる」
少し屈んだ東園が陽向の頬を撫でた。
「冷たくなっている」
「ごめん」
「陽向」
「僕のせいだ、僕の。だから僕は帰りたくない。りんちゃんが家に帰れないのに、僕だけ帰るなんて出来ない。もしかしたら、りんちゃんがここを目指して帰ってくるかもしれないし、もしかしたら犯人が改心してここにりんちゃんを返しに来るかもしれない。やっぱりここで待ってる」
見上げると東園が「誰のせいでもない」と首を振る。
「陽向、とにかく帰ろう。みんな心配しているんだ。母さんが心当たりがあるからちゃんと話したいって言ってる」
「心あたり?」
「まだ確定じゃないけれど、母さんは姉が凛子を連れて行ったんじゃないかと思っているようだ。うちの人間を使って今探している」
「姉……、それって、りんちゃんのお母さん?」
「ああ。だからいったん帰ろう。陽向に姉の写真を見て確認して欲しい。それに、もし家に帰ってきたとき陽向がいないと凛子も心配するだろ」
両手で顔を覆う。
あの女性が凛子のお母さんなのだろうか。もしそうなら、身の危険はないのだろうか。
でもまだ、誘拐の可能性だって。
「顔を上げてくれ陽向。本当に風邪を引いてしまうよ」
東園の声が心から陽向を思ってくれているのを伝えている。陽向はそっと顔を上げた。
東園は陽向の手を取り引き上げると「さあ帰ろう」と肩を抱いた。
歩きながら何度も振り返る陽向に大丈夫だと囁く。東園は肩を押し、歩きを止めないように促す。
幼児連れでも10分掛からない場所にある公園なので、すぐに東園宅が見えてくる。
こんなに近くで、と悔しい気持ちがまたせり上がり涙がこみ上げる。陽向は足下に顔を向け乱暴に目を擦った。
「三田村君」
智紀の声だ。
顔を上げると玄関から走ってくる智紀の姿が見えた。陽向は深く深く、頭を下げる。
「すみませんっ、すみません、りんちゃん、僕が、」
「いいから、早く入って。こんなに濡れて」
声が震える。
みんなの大切な凛子を自分の不注意で攫われてしまった。申し訳なさで涙が出てくる。
傘も差さずに陽向の前まで来た智紀は陽向の顔を覗き込む。
「もう、泣かないで。まずはお風呂だね」
「ああ」
また肩を優しく押される。足を踏み出すと同時に陽向は眩暈を覚え、崩れ落ちた。
「陽向っ。ごめん母さん、傘もって」
「……ぐらってきただけ。大丈夫」
「三田村君っ」
傘を智紀に渡した東園はしゃがみ込んだ陽向を横抱きに抱え上げ足早に家に向かった。
その揺れで陽向は気持ちが悪くなり細切れに息を継ぐ。
雨に濡れた陽向を抱えるなんて、スーツが汚れてしまうのにと思う。
すぐそこが東園邸だから一瞬休めばまた歩けた。優しい男だから、放っておけなかったのだろうか。
家に運び込まれた陽向は、智紀から風呂に入るよう指示され、まず入浴することになった。
早く上がって智紀の話を聞きたいと思っているのに、一度湯船に浸かると凛子が攫われた場面が頭に浮かび陽向はしばし放心していた。
「ひーなた、のぼせてんじゃないか」
「あ、ああ、ごめんもう上がる」
扉をノックされ、はっとする。
智紀達が待っているのに。陽向は慌てて身体を流し、バスルームのドアを開いた。
そこには東園がバスタオルを広げて待っていた。
「じ、自分で出来るよ」
「何言っているんだ、俺が声をかけるまで、ぼーっとしてただろ? 着替えまで見ておくからな。風邪引くだろ」
眉を寄せた東園が強引に陽向の髪を身体を拭き、手早くパジャマを着せる。手際がいいなと思いながらぼうっと東園を見上げる。
「話が終わったらなにか腹に入れような」
大きな手で頬を撫でられながら、そういえば、夕食は取っていないなと思う。
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