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 後ろはなかなか難しい、でも前なら陽向でも弄れる。  少しは欲を出しておかないといけない気がする。口から吐き出してしまうのでは、と思うほど身体の中で性欲が渦巻いているから。  しょうがないことだ、発情期だから、そう自分に言い訳をしてすでに勃起しているそこに手を伸ばした。  熱く硬く、そして触らなくても先端から白濁を零していたようで表面が濡れている。 「あ、」  ただ握っただけなのに自分の手なのに恐ろしく気持ちがいい。敏感な先端は下着に当たるとその刺激で更に硬くなる。  数回ゆるく擦ってみると、中から押し出されるように白濁を溢し始めた。溜まったものが出てしまうまで、びくんびくんと身体が余韻に震える。射精欲が一旦満たされ、苦しさを少しだけ消してくれた。  手のひらに流れた白濁をベッドサイドのティッシュで拭き陽向はまた布団の中に引っ込んだ。服の山の中で大きく息をつく。  しかし楽になったのはほんの数分で、急速に蓄積される性欲に吐息が甘くなる。  あんまりすると、あとで皮膚が擦れて風呂のお湯でさえ刺激で痛くなる。表面が濡れているからまだ擦れが軽減されている気がするけれど。  ぎりぎりまで我慢しようと思いつつ、このやっかいな第二性を厭う気持ちに歯噛みする。  もう、本当に嫌だ。  近代以前はΩの自殺者が多かったという。薬も無い時代、この苦しさを耐えることも、顔も知らない他人に犯されることも多かったはずだ。  月に、人によっては数ヶ月に一度、必ずくる地獄に見切りをつけたくなる気持ちも理解できる。  はあはあと息を荒げ、また我慢の限界が見えてくる。  一度白濁を吐き出したくらいでは萎えられないそこに手を伸ばす。 「ああ、やっぱりか。早く帰ってきて良かった」  近くで聞こえた声に東園の服に顔を埋めていた陽向はゆっくりそちらへ顔を向ける。  東園、帰ってきていたのか、全く気がつかなかった。  鼻と口が服から離れると東園の匂いを強く感じ取れる。 「か、お」 「辛そうだな」  東園は陽向に顔を近づけると目元に溜まった涙を指で拭った。  ネクタイを緩めながら「少し待っててくれ、シャワー浴びてくる」と告げ東園は身体を起こし離れていく。  いやだ、と強く感じる。  離れたくない、今すぐ抱き締めて欲しい。  ベッドから飛び出し背広をハンガーに掛けていた東園の背中に抱きついた。  早く帰ってきたと言っていた。温かい背中に顔を押しつけ東園を感じる。陽向のために帰ってきてくれてのかと思うと単純に嬉しく思う。 「待てないよ。そのままでいい」 「おお、そうか。うーん、でも汗臭いかもしれないから」 「そんなの気にならない」  ネクタイを引き抜いて放り投げると振り返った東園がふっと微笑んだ。 「じゃあ一緒に行くか」 「え、……ひゃっ」  よいしょと陽向を横抱きにした東園が「バスルームまで」と陽向の額にキスを落とした。近くにある東園の首に巻き付き深く息を吸う。  はあ、いい香り。  最近は一緒に寝てるから東園の匂いはちゃんと知っているつもりだけど、今日はいつもの匂いじゃないと思う。  いつもよりねっとりした強い香り。粘膜に絡みついて身体を熱くするαの匂い。  発情期だからそう感じるのか、発情期のΩが近くにいるからαのフェロモンが溢れているのか。  前の発情期で東園が近くに来たけれど、その時はこんな匂いしていなかったような。  とんとんと階段を降りていく東園に陽向は小柄だけど重くはないのかなと思う。最近たくさん食べてるのに。  危なげなく脱衣所まで運ばれた陽向はあれよあれよという間に脱がされた。  発情期だからしょうがないけれど皮膚感覚が鋭敏になっていて衣類が肌を滑るだけで陽向はあっと声を上げてしまう。  性器も乳首もすっかり勃ちあがり、普段なら相当に恥ずかしく思う姿だが今はそんなことどうでも良かった。  ひやっとした感触には息が荒くなる。  少しも離れたくなくて東園に巻き付く。  そんな陽向に東園は何度もキスを与えてくれる。東園もどうにか衣服を脱ぎ、二人は絡まるようにして浴室へ入った。  シャワーを浴びながら思う存分キスをする。何度も角度を変え舌を絡める。頭の上から降ってくるシャワーで髪から顔、身体まですっかり濡れてしまっているがそんなことに構う余裕は無い。  陽向は欲しいだけ求め、東園はそれにきっちり応えてくれる。  キスももっとしていたいけど、それだけでは身体のさみしさが埋まらない。  今すぐ、東園が欲しい。奥の奥まで東園でいっぱいにして欲しい。 「もう欲しい」  唇を離して東園を見上げるとふうと大きく息をついたあと東園は陽向を強く抱きしめた。 「上でな」 いやだと言うつもりだったけれど唇が重なり言えなかった。  べたべたくっつく陽向をあしらいながら、東園は自分と陽向を洗い、手早くタオルで拭き上げる。  ドライヤーと陽向を抱え二階へ上がった東園は裸の陽向をベッドに座らせ髪を乾かしはじめた。温かい風と髪を混ぜる東園の指が気持ちよい。  普段なら、うとうとしてしまいそうなシチュエーションだがあいにく今の陽向は性欲に支配されている。  背後に裸のαがいればなおのことだ。  したくてしたくて堪らず何度も背後を振り返るがそのたびに「まだ乾ききってないからだめ」とじらされる。  まだ三月初旬、風邪を引かないようにと思ってくれているのは分かるが後ろが疼いて苦しい。風呂場と違ってここは東園の匂いが充満している。 「しかし今回も立派な巣ができたな」 「……す?」  嬉々とした声色の東園が言うには、陽向が発情期に東園の服を集めてしまう理由、それはΩの習性らしい。  個人差があり、しない人もいるらしいから学校の第二性教育にはなく、陽向は母からも聞いたことがなかった。  やっかいな習性だなと思う。  毎回洋服がぐしゃぐしゃになってしまう。    今も東園が床に引き出して積んである。ベッドに置いたままではこれからどれだけ汚れるか。  いつの間にか枕元にコンドームの小箱が複数置いてあった。この分だけはしてもらえるのかなと思うと自然に喉が鳴る。  背後の気配にとうとう陽向の我慢は限界を迎えた。  陽向は足の合間で勃ち、触られるのを待っているそれを柔らかく握った。  ただでさえ息が上がっているのに、そこを上下に擦ると声が漏れてしまう。 「ん、ん……ああ、」 「陽向、我慢できなかった?」  陽向は頷きベッドに片手をついて尻を浮かせた。さっきから後ろがきゅるきゅると動いて自分でも止められない。自慰を止めそこを二指で開く。少しだけ合わさった部分が開き外気が当たる。それだけでも十分に刺激となって、ただでさえほんのり濡れていた後ろからとろりと蜜が零れる。  東園に「ほんとに我慢できない」と震える声で訴える。それに答えをもらう前に、背後から、はぁと大きなため息が聞こえた。 「駄目?」 「……駄目じゃない」 「い、いま、すぐ挿れて」  陽向の髪を揺らしていた風が止まった。  東園は陽向をベッドの真ん中に引き倒し、うつ伏せに返して腰を引き上げた。 「本当に挿れるぞ」  ベッドに伏せた顔を横にずらして陽向は頷いた。この体勢は初めてだと思う。 「こんなに濡れて」  東園に貫かれたい、期待に身体が震える。   しかしそこに挿ってきたのは予想より細い、東園の指だった。そんなのじゃ満足できない、陽向は大きく首を振った。 「あぁ、ん、指、じゃやだ」 「一応、確認。すぐ挿れる」  ずるっと指を抜いて東園はコンドームの箱を取る。  やっと挿れてもらえる。甘い吐息を漏らす陽向の後ろに硬いものが押し当てられる。その熱さに胸が震える。 「ふ、あぁ、」 「すごいな、匂いが強い。頭がクラクラする」  腰を両手で強く掴み陽向を引き上げるようにして東園は強く貫いた。  「あああっ、あうぅ」 「ふ、ああ、なかが熱い」  東園の硬く勃ったそこが疼いていた陽向の粘膜を強く擦りながらねじ込まれてゆく。  待ちわびていた刺激に陽向はのけぞる。  気持ちが良くて堪らない。来るべきものが来た、入っていなきゃならないものが、ようやく来た感じ。  少し腰を引いたあと東園は更に奥へと性器を突き立てる。 「やああっ、ああ、あああっ、」 「いや? いたい?」  ぶんぶんと首を振る。いやなんて言った覚えがないけれど、そもそも言葉を自覚して出していなかった。ただもう、身体の感じるまま喘いでいるだけだ。  陽向はいやどころか先端が突くそこをもっともっといじめて欲しくてたまらなかった。 「もっと、奥、してっ、かおる、してぇっ」 「……発情期すごいな。普段の陽向なら絶対言わない」  自分の倍はありそうな東園のそれを飲みこんだまま、陽向は尻を突き出すように揺らした。まだ足りない、全く足りていない。  陽向の願いを聞いて、東園はゆっくりと抽挿をはじめる。 「もっ、と、いっぱいっ、あああっあ、おく、もっと」 「堪らんな。陽向可愛い」  徐々に激しくなる抽挿に陽向は身体ごと揺さぶられる。熟れきった中が動きでぐちゅぐちゅと音を立てる。良くて良くて堪らない。 「ああ、いい、いい、あっ、いく、い、い」 「いけよ。発情期中いくらでも突いてやるから」 「あああ」  白濁を勢いよく吐き出し陽向の身体はひくひくと大きく震える。  出しても、陽向の芯は満ちていない。今出したのにもう足りない。 「まだ、かおる、」 「ああ、まだまだだよな。俺もだ」  東園は陽向の身体を仰向けに変え、見上げる陽向の額にキスを落とす。  額から目元、頬、唇にキスをして今度は陽向の首筋に吸い付いた。 「ん」  敏感になった皮膚を舐め、吸われ陽向は萎えきらない前を東園の身体にこすりつける。 「陽向の首、いい匂いだ」 「かおるも、やらしい匂い、」 「俺か? αの抑制剤を飲んでないから」  すぐそこにある東園の顔を両手で囲みこめかみに鼻を押し当てる。  濃い、雄々しいαの匂い。昔は不穏や危険を感じて嫌だった匂いだ。最近慣れてきたと思っていたけれど東園の飲んでいるα抑制剤の効果だったのかもしれない。いま、鼻の奥を刺激しているのは昔感じた匂いだ、やっと思い出した。  東園の匂いは陽向の性欲を掴んで揺さぶってくる。 「ああ、」  首から鎖骨、それからピンと尖った乳首の先端に東園の舌が行き着く。  舌先で丁寧に硬くなったそこを愛撫され陽向は悲鳴のような声を上げ腰をくねらせる。    東園が毎夜のように舐め快楽に弱い部分に変えてしまったところだ。気持ちよさが苦痛にもなると初めて知った。 「もう、もぅ、やだあ、挿れて、いれ、」 「あとちょっと我慢して」  胸から東園を引き剥がそうと肩を押す。  しかし上手く力が入らない陽向の腕はあっさりと東園に捉えられベッドに押しつけられた。  乳輪ごと東園の唇に吸い込まれ温い口内でまたぬめぬめと舐められる。どこもかしこも敏感になっているけれど胸の先は余計だ。 「あ、もう、やだ、かおる、はやくっ」  背をそらしいやいやと首を振るのに東園は全く聞いてくれない。  両の胸をとことん弄られ腹から腰まで隙間無く皮膚を舐められる。陽向は涙を零し喘ぐ。 「あ、ふぅ、ん、あぁ、」  下肢は白濁で汚れているのに、東園はそれを厭わず太腿にしゃぶりついている。温い舌を太腿に当てすうっと動かされるともう駄目だった。 「うう、や、やあ、あ、あ、あっ、」  また陽向は白濁を吐き出し自分の腹を濡らした。さっきよりも少ない量だが余韻に震え悶え泣く陽向に東園はようやく挿入をする気になったようだ。 「泣くな、挿れるから」 「すっ、すぐっしてっ」  ぐすぐす鼻を鳴らす陽向に「ちょっと待ってろ」と囁いた東園はコンドームの箱に手を伸ばした。 「すぐ、がいいっ、」  首を振る陽向のこめかみにキスをしながら「俺はいいけど」と東園が言う。 「発情期だぞ、子どもが出来る。陽向はいいのか?」  うんうんと頷く。  なんでもいいから今すぐ欲しい。身体が焼けるように熱い。  ふうふうと息をつく陽向の額にキスをした東園が目を合わせてくる。 「いいんだな。陽向と俺の子がここに来るんだぞ」  陽向の薄っぺらい腹に手のひらを当てた。  目が恐ろしいほど真剣で陽向は小さくうなずいた。 「り、りんちゃ、が、おねえちゃんに、なる、ね」  発情で上手く頭が働かないけれど、東園なら優しいお父さんになる気がする。自分たちの間に子どもがいたらそれはそれで楽しいかもと思う。  でもなにより、身体の奥が熱く焼け爛れそうで早く挿れてほしい。 「そうだな」  ぽつりと呟いた東園に陽向は唇を押しつけた。  肩に腕を回して自分より大きな口の中に舌をねじ込む。  東園の身体がびくっと震えた。  しばらく陽向のしたいようにされていたが、陽向のキスが下手だったのか急に東園が動きだし引き抜かれるかと思うほど絡んだ舌を吸われた。  東園は主導権は渡さないとばかりに口内を愛撫したあと唇を離した。  陽向の目をじっと見ながら、東園は緩んだ後ろに猛った先端を押しつける。 「ああ、」  期待に息を漏らした陽向はゆっくりと挿ってくる大きさに胸をときめかせる。  拡げられ挿られる快楽に身体が溶けそうだ。 「陽向、愛してる」  え、と思った瞬間にずんと大きく突かれ陽向は嬌声を上げた。どんどん激しくなる抽挿に陽向の意識は朦朧としていった。  ふと意識が浮上した。  今が昼か夜か分からない。  何時かなと思った。それと同時に吸い込んだ空気に混ざる東園のα臭に尻からとぷと蜜が溢れ下へ垂れてゆく。  まだ発情期がすぎていない。  手を伸ばして確認するけれど、ベッドに東園はいない。  ようやく開いた視界が滲む。いない、なんでいないのと思う。  相手をするって約束したのに。  いま苦しい、いま欲しい。そういう普段なら我慢出来ることが全く無理になっている。  陽向は身体を起こすと部屋を見回した。明るいから朝、いや、昼か。東園はやっぱりいない。  部屋にもいないことに酷くショックを受け、陽向の両目からたらたらと涙が流れ落ちる。  本当に東園は自分を置いてどこかに行ったのだろうか。  拭いても溢れてくる涙に構っていられない。陽向はベッドを抜け出し廊下に出た。  下に人の気配がする。足音、話し声。一人は女性、三浦かなと思う。もう一人が分からない。階段まで進むと三浦と話しているのが声で東園だと分かった。  そこにいる。居ても立ってもいられなくて陽向は階段を駆け下りる。  ダイニングテーブルの脇に立ってキッチンにいる三浦に向かって話しをしていた東園が陽向の足音で振り返り、ぎょっとして駆け寄った。  階段を降りきった陽向は、驚きながらも両手を広げた東園に飛びつく。  抱きついて東園の胸に顔を埋めるとようやく息が出来る気がした。 「かおる、まだ、まだで、だから」 「分かってるよ。ごめん、上にいなかったから心配になったよな。これ取りに来ただけだから戻ろう」  嫌がる陽向をどうにか離し、これと東園が見せたのは市販のゼリー飲料だった。  陽向は食べる気になれないが、東園は腹が減っているのかもしれない。  三浦もいることだし食事を頂いたら、と言ってあげたいところだが陽向ものっぴきならない性欲を抱えている。  また抱きつこうとした陽向を制した東園は陽向を横抱きして歩き始めた。 「俺を探してくれるのは嬉しいんだけど、裸で出てくるのは止めてくれ」 「……あ、そうだった」 東園にそう言われ、陽向はなにも着ていないことに気がついた。  東園の胸に顔を寄せ、陽向はほっと息をつく。  抱いてくれる相手がいると、あんなにきつかった発情期がまったく違ったものになった。    身体が芯から喜んでいる。  だけど頭の片隅に発情期に付き合わせてる間、仕事は大丈夫なのかと思う気持ちが引っ掛かっている。陽向は起きている時間ほぼ発情していて、東園と離れるのが辛いし怖い。  陽向はそんな風だからいいけれど、東園には犠牲を強いている、気がする。  でも、離れたくないし離れられない。  東園の匂いが至近距離でどんどん陽向に入ってくる。  陽向にある思考も気持ちもゆっくりゆっくり溶けて欲に置き換わっていく。 「もう待てないよ」  見上げた東園は笑ったような怒ったような不思議な顔をして「俺もだよ」と唸った。

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