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運命のつがいと初恋 第五章 ①

「来週末、凛子の入園祝いに実家で食事会をするから、陽向も来て欲しいと言付かったよ」  そう東園に言われたのは四月に入ってすぐだった。 「そうか、来週りんちゃんの入園式かあ。あ、先お風呂行く? ご飯は、」 「こんな時間だしもういいかな」 「うん、あ、お茶漬けくらい食べたら、……ってお茶漬けって食べたことある?」 「あるに決まってるだろ。じゃあ頼む」  苦笑いした東園はネクタイを緩めながら先に風呂入ろうかな、と欠伸混じりに言った。  階段を上る東園の背中を見ながら、まだ忙しいのかなと思う。  東園は陽向の発情期に付き合うためやはり無理をしてくれていたらしい。  発情期後、連日帰宅は遅く、泊まり込む日もあった。期末だから、と言ってくれたが一週間近く休んだしわ寄せも多分に含まれると思う。  今までにも泊まりはあったが確実に増えている。  陽向は電気ケトルのスイッチを入れた。  冷蔵庫の中には三浦の作った夕食があるが、明日陽向が昼ご飯に食べようと思う。  風呂から上がったタイミングでお茶漬けの碗をテーブルに置く。小皿に昆布の佃煮を載せる。陽向はお茶漬けには昆布の佃煮が欠かせない派だ。  髪を拭きながらリビングに戻ってきた東園は疲れた顔をしている。 「忙しいの?」 「ぼちぼち、ってくらい。陽向は飯ちゃんとくったか?」 「うん」  頂きます、と箸を取った東園は昆布をお茶漬けの上に投入した。いつ見ても箸の使い方が綺麗だなと思う。普段はあんまり感じないけれどたまに育ちの良さを感じる。 「こないだの発情期で3,4キロは痩せただろ。陽向は積極的にカロリーを摂らないとな。骨と皮になってしまう」 「言われるほど痩せてないけど」  最近よく東園が食え食えという。  普通に食事は取っているので骨と皮は非常に心外なのだが昔から太りにくい体質ではある。  きっちり一週間。  その期間が過ぎるとあの熱はなんだったのか、不思議になってしまうくらいすぱんと発情期が終わり理性が戻った。  今回は東園に満足できるだけ付き合って貰った発情期だったが、耐えるだけの時と同様痩せたのは間違いなかった。 「ああ、旨かった。ごちそうさま」  東園は手を合わせ、食器を片付けはじめた。 「りんちゃん元気かな? あ、もう洗っちゃうから食器ちょうだい」 「おお、ありがと」  流しに陣取る陽向に食器を渡して東園はうーんと伸びをした。  凛子が東園の実家で暮らすようになり一ヶ月程経つ。  陽向のシッター業務は当然お休みだ。というわけで、陽向はただいま三浦の助手として家事をして過ごしている。  さすがにシッター業が休業なので給料は受け取れないと断ったが、三浦の助手だからと振り込みは停止されていない。  マンションの解約のため片付けに通ったりもしていたから、給料をもらえるほど家事もしていないのだけど。  使った碗を洗っている陽向の背後に立った東園が陽向の後頭部に顔を近づける。 「あー、陽向の良い匂いがする」 「ちょっと、」  まだ食器洗いの途中だというのに、東園は絡みついてくる。  最初は鼻を押し当て匂いを嗅いでいただけだったけれど、それがキスに代わって陽向は手を止めざるをえない。  唇を吸われ舌を絡めているとだんだんそういう気分になってくる。すでに硬くなったそこを押し当てられ腰の奥が熱くなる。 「……んっ、ちょっと」  肩で背後の男を押してあとちょっとの作業を再開すると、今度は抱きついてきた。  陽向より大きい東園に覆われてなんだか温かい。 「馨、疲れてるんじゃないの」  食器洗いが終わり手を拭きながら背後をちらりと見る。 「疲れてるから余計したい」 「そうなの」  首に吸い付く東園は服の下に手を入れ陽向の腹を撫でる。  毎日のようにこんなことをしている。  もう発情期も過ぎた、練習も必要ないのに。  でも陽向は発情期でもない、いま、東園に触られて嫌だと思うことはなく、多分喜んでいる。  発情期のさなか、陽向は東園に愛していると言われた気がする。でもほとんどの時間、夢うつつの状態だったからはっきりしないのだ。  現実ならいいけれど、もし夢の中で、自分が作り出した言葉だったら怖いなと思う。     だってそれって、陽向が言って欲しいと思っているわけで。それはつまり。  腹を撫でていた右手が陽向の性器をつかみ、もう片手が尻の合間を撫でる。 「んっ、あ、」 「上に行こうか」  そんなふうに囁かれたら、嫌とは言えない。東園がαで、陽向がΩだからだろうか。     いや多分違う。東園だからだ。  陽向が頷くと、東園は陽向と向かい合わせになるように身体を回してぎゅっと抱きしめた。  見上げると嬉しそうな表情の東園が陽向の唇にキスをした。  こんなことは初めてでよく分からない。でももし、東園が陽向を愛しているならこんなに嬉しいことはないと思う。  いつの間に、そんなことを思うようになったのだろう。  差し出されたので手を取った。繋いだ手がお互い熱い。  階段を登っていく間も目が合えばキスをしてなかなか寝室へたどり着かない。  離れたら寂しくてつい東園を目で追ってしまうし、東園が振り向くと胸が熱くなる。  まさか自分が、まさかαと、とは思う。けれど、この感情は恋をしてるってことじゃないかなと思う。  愛してるって言われたいなんてこちらが好意を持っているとしか考えられない。  いい印象のない同級生で、雇用主で、運命のつがいで、発情期の相手で、おまけに陽向にとっては初めて好きになった人。東園の形容詞が増えていく一方だ。 「陽向」  呼びかけられて顔を上げるとふっと目元を緩めた東園が絡みついてきた。  あともうちょっとで部屋なのに。  でも、胸がじんわり温かくなる。  東園の背中に手を回し自分よりも大きな身体をしっかり抱きしめる。  これってすごく幸せかもしれない。  こんなに毎日べたべたしているのだから、やはり東園は陽向に愛してると言ったんじゃないかなと思う。好きな人に愛していると言われたんだから、これは両思いなのかも。  上流階級のα、そして人目を引く容姿を持つ優しい男。対して平凡な金も権力も何にも無い自分。釣り合ってはないなと頭の片隅でちょっと考える。 「陽向、なにか考えてる?」  陽向の顔を覗き込む東園に首を振ってみせた。  今はごちゃごちゃ考えるより好きな人と触れ合っていたい。  自分で思ったことなのに好きな人だってと突っ込んでむふふと笑ってしまう。 「なんだ楽しいことか」 「うん」  にやにやが止まらない。  見上げた東園も陽向の幸せが移ったみたいに優しく笑っていた。  

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