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②
玄関マットを干そうと外に出たら春の日差しが眩しく一度目を閉じた。
いい季節になったなと思う。
以前働いていた幼稚園ではこの季節とても忙しかったなと懐かしく思う。
入園式前は書類の準備や用具の確認、教室の飾り付けに奔走していた。
いい陽気にのんびり気分で玄関マットを干していたら急に園芸センターへ行きたくなった。
パンジー、ビオラ、ネモフィラ、チューリップ、マーガレット、ローダンセマム。
そんなに高価ではないが鉢植えにすると可愛らしい花々が揃っていそうだ。
陽向は前の職場では唯一の男性だったので荷物持ちとしてよく様々な買い出しに付き合っていた。園芸センターもその一つだった。
「それはいいですね。私が運転いたしますので一緒に行きましょうか?」
ランチのあと、外出する話をすると三浦がまあと手を合わせた。
「いいんですか? 自転車でも行ける距離ではあるので、」
「いえいえ。一緒に我が家の分も買いたいですし」
うきうきと準備を始める三浦を見ながら陽向はふっと息をついた。
やっぱり。一緒に行くと言い出す気がしたんだ。
陽向は東園が三浦に、陽向の監視を言いつけているんじゃないかと疑っている。
マンションの片付けは護衛付きだったし、買い物はいつも三浦が送ってくれる。
発情期前ならいざ知らず、今は発情期が終わったあとだ。心配しなければならない事態は起こらないと思うのだけど。
陽向が一人で行くと強く言っても困るのは三浦だ。
いろいろ迷惑を掛けているのは陽向だしここはありがたく乗せてもらおうと思う。
「陽向さん行きましょうか」
お目付役半分、楽しみ半分なのかな。
明るい声の三浦はいつの間にか準備を済ませ玄関にいるようだ。
「はい、あっバック取ってきます」
陽向は心持ち大きい声で玄関の三浦に伝えた。
近所の園芸センターに着くなり、思いのほか種類豊富な花々に目移りし、結果、車で来て良かったと思うほど買い込んでしまった。三浦も自宅用にたくさん選んでいた。
今日は早めに帰ったらと車中で話すと真面目な三浦も今日だけはそうさせて貰おうかしらと笑っていた。
帰宅後、陽向は庭に運び込んだたくさんのポット苗をさっそく植え替えることにした。
最近はこのポット苗をそのまま器に入れて飾るのもありだそうでネットに例が載っていた。
ブリキの器に三種類ほどポット苗をそのまま入れてある写真だったが、見た目、とても可愛らしかった。入れるだけ、という手軽さは忙しい人に受けそうだ。
陽向は忙しくないので鉢植えにしたが、そもそも鉢も土も東園宅にはなく、結局すべて買ってしまった。
夕食を作るまで手伝わせて、と三浦が来たので二人でああでもないこうでもないと花の種類やカラーを選ぶ。とても楽しい時間だ。
「凛子ちゃんがいたら喜んだでしょうね」
「本当に。りんちゃん元気かな? 今度会えるのが楽しみです」
「幼稚園に慣れたらこちらにもまた遊びに来てくれるかもしれませんしね」
「そうですね。じゃあ長く咲いてて貰わないと」
丸い鉢に薄紫と紫のパンジーを配置していると背の高いチューリップを入れてはどうかと三浦にアドバイスを貰った。
確かに高低をつけると見栄えが格段に良くなり、三浦は満足気に頷いた。
首に午後の光が強く当たる。
「今日は暑いですね」
「もう四月だから。あ、帽子、帽子」
三浦がぴょんと立ち上がって陽向が大丈夫ですと言うのを制し家に入っていった。
もう作業も終わりかけだ、今更いいのに、と思ったが三浦はフットワークが軽い。
立ち上がった陽向は三浦の駆け込んだ方向へ顔を向けた。三浦が閉めたガラスに自分が写る。こうやって見ると髪が伸びたなと思う。
「陽向さん、これ、かぶって」
「わ、すごい。これ普通に売ってるんですか?」
「つばが大きいでしょう? このあいだ見つけて買っちゃいました。私はもう夕食の準備に入りますので使って下さい」
ふふふと笑って差し出したのは恐ろしくつばの大きい麦わら帽子だった。
「いやでも、まだ使ってもないんでしょう。お借りするわけには」
「いえいえ。せっかくの色白ですもの、守らなきゃ」
苦笑いする陽向に麦わら帽子を押しつけて三浦は部屋に帰っていった。
ピンク色の麦わら帽子を被ってまたガラスを見る。すごい、顔、首は綺麗につばの影の中だ。
顔に掛かる髪がなんだかボサボサでいけないなと思う。今週中にでも髪を切りに行こうと思いながら陽向は残りの植え替えをはじめた。
髪を切る、というのはΩにとってはなかなか厄介な部類に入る行為だ。
背後に立たれ、うなじを晒す形を取って髪を切ってもらうスタイルの店が多くなんとなく安心できない。
陽向も以前、前職場の近くでようやく探し当てたΩ性のスタッフが経営するΩ専用のヘアサロンに通っていて、そこにしか行けない。
そう思っているΩは他にもたくさんいるようでなかなか予約が取れない店となっている。
そういうわけで今週中にと思ったものの無理だろうなと陽向は半ば諦めつつ予約サイトを確認した。
やはりというか今週のページはほぼ予約済みの×に代わっていた。明後日の夜以外は。
陽向は迷わず予約のボタンを押した。
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