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第3話 誘惑の小悪魔―1

「……それにしても、やっぱり青って、誰にでもモテるのねぇ」 「モテてないし」 「またまたぁ、照れちゃって」  翠(みどり)は青の持ち帰ったチョコレートを食べながら、笑う。 「……照れてないから!」 「でもね、私が帰ってきてるからって、話してくれたのうれしいわよね。いい子、いい子」  頭をぐりぐりと撫で回されるのに任せる。  もう、仕方がないと諦めた。  歳の離れた翠は、5歳で母を亡くした青の母親がわりのつもりでもいるのだろう。  上手く甘えたこともないけれど。 「何かさ、迫られて、イラッときたから、  つい、さ……でも、俺は別に男が好きなわけじゃ……」  ごにょごにょと口ごもる青に、翠はあっけらかんと言った。 「付き合っちゃえば!」 「……うーん」 「ファーストキスを保育園時代に、  無理矢理奪ったことに比べたら、健全よ。  女の子とか男の子とか関係ないわ。  愛があればいいんだから」 「……昔のことは持ち出すな! あんなのは、黒歴史だ」 「青、あの子に失礼よ。そんなことは言っちゃいけないわ」  姉の正論に押し黙る。 「……ごめんなさい」 「殊勝に謝るんじゃないわよ。  どうせ、その悪魔の魅力で、蒼宙ちゃんを首ったけにしたくせに」 「悪魔の魅力……って何?」 「自覚してても恐ろしいけど……ここまで  無意識の誘惑も……ああ」  顔を覆って大げさな演技をする翠に、呆れて青は部屋を出た。 「……相談するんじゃなかった!」  部屋に戻ると、机(デスク)の前に座る。  一通り、体育以外の明日ある教科の予習をして、鞄に教科書をしまう。  ベッドにもぐった。  勢いで、あんなことになったが、少し冷静になろう。あいつも、嫌気が差しただろう。  何故気絶したのかは理解できなかったが、  多分元々体調が悪かったんだろうと、青は自己解釈して瞳を閉じた。  登校すると、校門前で蒼宙が待っていた。 「おはようっ、青くん」 「……おはよう」  昨日のことを意に介してないような満面の笑みの蒼宙に、  内心こいつは、大丈夫かと思っていたが極めて真顔で応じた。 「ご機嫌だね、蒼宙くん。どうしてそんなに、楽しそうなの?」  校内に早足で向かいながら、後ろの蒼宙につぶやく。 「だって、告白OKしてくれたんだもん」 「……こっちへ来い」  屋内履きに履き替えた後、蒼宙の首根っこを掴んだ。周りに注意を払いながら。  中庭に連れていき、蒼宙に向き直る。 「付き合うとは言ってない。勘違いするな」 「ええっ……あんなことしといて」 「頬染めんな!」 「嬉しかったんだもん」  青は、口元を押さえた。 (妙な犬を手懐けたらしい) 「付き合うのは、お互いの好きって気持ちで成り立つものじゃないか……つまり」 「別に気にしないよ。青くんが、僕を好きになればいいだけの話でしょ」 「大した自信だね?」 「僕の好きが、伝わったら好きになってもらえるはずだよ。男は嫌いなはずなのに、  キスしたり触ったりしないよね。  青くんは僕に希望持たせたんだよ」  青は内心ため息をついた。  やられたからやり返しただけだったが、  本気で嫌なら触れはしなかっただろうと、今更ながら気づかされた。

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