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第12話 惑わされ堕ちる

ピアノの音は、神経を研ぎ澄ませるが、精神を落ち着かせてくれる効果もある。 年齢の割に大人びた思考の青は、鍵盤を叩きつけるようにピアノを弾いていた。 (同じ学校の子とは付き合わないようにしているか……嘘つきになったな。隠し通さねば)。 男とは無理とか、蒼宙を跳ね除けようとしたことも嘘になったし、最近2回も嘘をついた。 (誰かを傷つけるような嘘だけは、つきたくないな。大人になっても)。 ピアノの蓋をしめて、椅子から立ち上がる。青が愛用している白いグランドピアノは、父から母に贈られたものでいわば遺品だった。 母のピアノの音を子守唄にして眠っていた幼少期の思い出は、心に眠っている。 ピアニストになる夢はないが、母の死後はピアノの先生を招いて学んでいる。 ピアノを弾くことは失ってはならない何かを再認識させてくれる。 時間は有限であり無駄な使い方はできない。 栗色の柔らかな髪、大きな瞳を持つ小柄な同級生。日常に刺激を与えてくれる存在のもっと色んな顔を見たい。 (直接、言ってはやらないが) 「……次の日曜日の午後よかったらうちに来い。親父に会わせてやるから」 偉そうにのたもうた青に、蒼宙はきょとんとした後すぐに笑顔の花を咲かせた。 放課後、学校の屋上で風に吹かれながら共に時間を過ごしている。 まだ二週間足らずの二人の関係。顔見知り程度だったのが友達を飛び越えもっと親密な仲になろうとしていた。 「行く!」 「土産はいいからな」 口元を緩く釣りあげる。笑いだした蒼宙にいささか仏頂面になってしまう。 「素は親父って呼び方してるの? お父様じゃなくて」 「……あ」 口元を押さえる。 目の前でもお父様と呼んでいるのに、なんてことだ。 (姉を呼び捨てにしているのまではバレないようにしなければ) 「お前と俺の秘密だからな」 「僕とあおはふたりだけの秘密が多いよね」 手を繋できた指に指を絡める。ぎゅっと繋ぎ合わせた蒼宙の顔を見たら目を閉じていた。 微かに背をかがめ、影を重ねる。 触れただけで溶けそうな甘いキス。 唇が離れた時、蒼宙は指先で濡れた自分の唇に触れていた。そっとなぞっている。 「……な、何してんだよ」 恥ずかしくなり、顔を逸らす。 時々、いたずらに誘惑してくるから困る。 目も潤んでいるが、無意識だ。 絶対、青を惑わせているなんて知らないのだ。 「なんかね……こっちの方がどきどきする気がして」 「……そうだな」 はくはく、と音がする心臓。 抱きついてきた蒼宙から感じる体温。 こんな風に触れ合うのは悪くない。 「うーん。今日だけ勉強とかサボってもいいかな。好きをいっぱい確かめたい感じ」 蒼宙も同じようなことを考えていたのに驚く。 「……それは駄目だ。お前も俺も家庭教師来るだろ」 蒼宙を引き剥がして真顔で言う。 「手は離してくれないのに?」 指摘され蒼宙の手を握ったままだったのに気がついた。 「独占欲だ……たぶん」 口にして自覚した。 「ははっ。こんなあお、見られてすごく特別な感じ」 「今日は一緒に帰るか」 上機嫌の蒼宙は、隣から青を見上げてくる。 「朝も帰りも一緒。嬉しすぎ」 「大げさなんだよ」 今日は初めてづくしだ。 「一緒にいられる貴重な時間だからね」 「……まぁ、そうか」 中学から出て10分程で駅にたどり着く。二人で数分間隔でくる電車に乗る。 人も大勢いて時折視線も刺さるが、それも貴重な経験だ。青が蒼宙の最寄り駅より先に降りる。 背中合わせで乗車している間中、二人は小指の先を絡め合わせていた。 込み合った電車の中会話はなかったが、居心地が悪くなかったのは蒼宙のおかげだった。

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