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第13話 蒼宙になら翻弄されてもいい-1

「じゃあな」 「また明日ね」 蒼空より一足先に電車を降りる。屋敷までは徒歩15分ほどで着く。車だと気にならない人の多さも少し辟易するが、それも都会に住む故の贅沢かもしれない。 藤城の屋敷から車で数分の距離にあるのが藤城総合病院。 青の父が病院長で産婦人科医、 義兄の陽が内科医で勤務する場所だ。 最近は用もないのに訪れることもなくなったが、昔はよく顔を出していて馴染みの医療関係者もちらほらいる。 直接の知り合いでなくても、院長の一人息子で後継者の青のことは皆が知っていた。 (跡は継ぐんだから大学を出てから数年は好きにさせてもらう。研修医の期間が終わるまでは) 藤城総合病院へと続く道をちらりと見ながら考えていた。 屋敷に戻るとハウスキーパーの女性が出迎える。 「青さま、おかえりなさいませ」 「ただいま戻りました」 メイドのお仕着せを着た女性は、品良く微笑んでリビングへと案内する。 「今日は、ダージリンティーでよろしいですか?」 「よろしくお願いします」 青が小さく笑いかけるとハウスキーパー・操子は、目元をゆるめた。 40代後半で母親のような年齢の彼女は、幼い頃から青の世話をしてくれている。 「承知いたしました」 大きな窓から庭園を眺めていると、ティーセットを用意した操子がやってきた。ダージリンティー、クッキーを載せた皿をテーブルに置いて去ろうとする操子を青は呼び止めた。 「操子さん、ありがとう。先生は15時半だよね?」 「いつも通りです」 操子は珍しく言葉を継いだ。 「青さま、家庭教師の先生のことですが……」 操子が言いたいことを察し、苦笑する。 「操子さんは本当に僕のことを気遣ってくれるよね。家庭教師はもう呼ばなくてもいいんじゃないかってことでしょ」 「隆さまも、必要ないんじゃないかと仰られてました。私もそう思います。ご自分でも分かっていらっしゃるのでは?」 中学校で学び、家に帰ってからの勉強。それだけで事足りているような気もする。 家庭教師は一時間ほどで帰るが週に二回、無駄足がを踏ませているような気もしてならない。 それほどまでに青は優秀だった。 (親の七光りで医者にはなれないからな) 父は青の優秀さがあればこそ、子供時代はもっと自由でいてほしいと考えてくれているようだ。 「先生は青さまにお会いできるの楽しみなんでしょうけどね」 「仕事で来てるだけなのに?」 支払われる報酬は高額のはずだ。 「そう思われるなら尚更。ご自分の自由を考えていいんですよ」 「……そうだね」 ピアノ以外で、先生を呼ぶのはやめるべきか。 特に強制されているわけじゃないし、蒼宙と過ごせる時間も増える。 今は勉強以外でしたいことも数え切れないほどにある。 (好きな存在と一緒に……って、すっかり毒されてるな) 「今日を最後にピアノの先生以外は、呼ぶのやめます」 あっさりと口からこぼれて出た。 「ではそのようにいたします」 操子は、どこか嬉しそうだった。 ティータイムを終えたら、急いで部屋に戻る。 部屋に置かれた固定電話から、蒼宙の家に電話を掛けた。 3コールで電話に出たのは蒼宙だった。 「もしもし、篠塚です」 「蒼宙……」 「あおだ! ママを押しのけて出てよかったよ!」 「お前の家庭教師って、週に何回来るんだ?」 「バイオリンの先生だけだよ。でももうやめるつもり」 「お前も? 俺もピアノ以外やめることにした」 「うん。あおには必要ないよね」 「なんで辞めるんだ?」 「色目使ってくるから! 僕はバイオリンを教えてもらってるんであって、それ以外興味ないんだよ。うんと年上のおじさんなんて特に」 「……そ、それは」 とんでもない話が出てきて面食らう。 蒼宙はどれだけ男を虜にしてるんだ。 「あおと恋のお勉強がしたい。だって、時間は永遠じゃないもの」 「……お前が俺を大好きなのはとっくに知ってるから」 どこか泣きそうな声で言わないでほしい。 「女の子となら浮気じゃないとか、強がりだもん」 「蒼宙もふらふらしたら浮気だからな」 「しないよ!」 こちらばかり疑われるのは癪なので釘を指しておいた。 「また明日な。そろそろ家庭教師が来る時間だ」 「ふふっ」 心なしか早口で、いい募った青に蒼宙は笑う。 「明日はほっぺにちゅってしてね」 青はむせて咳き込んだ。 部室でませた行為に及んだのが嘘みたいだ。 赤くなった顔を押さえながら、部屋に戻った。 程なくして家庭教師を出迎える操子の声が聞こえた。

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