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第14話 蒼宙になら翻弄されてもいい-2
3月になりホワイトデーが近づいていた。
バレンタインのできごとをうっかり姉に相談までしてしまい、からかわれた挙げ句、
付き合うようになったことも伝えた。
普通ではないはじまりだったが、これでよかったと思っている。
文字は女子のようなかわいらしさを感じたが、れっきとした男だ。
小柄で、顔も雰囲気もかわいいが男で間違いない。
青(せい)は声変わりの時期を終え大分低くなったが
蒼宙(あおい)は澄んだ高い声のままほとんど変わっていない。
(あの見た目ならよく似合うけど)
どこで覚えたのか、小悪魔的な仕草で翻弄し手のつけようがない。
脳内で思考し、革靴を履く。後ろには見送る操子の姿がある。
玄関を出ると、まだ寒い空気に身が引き締められる思いがした。
「あお、おはよっ」
地下鉄の構内、いつもの場所で蒼宙が待っていた。
足を弾ませながら近づいてくる。
柔らかな栗色の前髪が揺れているのを見て、鼓動が跳ねた。
「……おはよう」
顔をかがめてのぞき込んできたので、目をそらす。
「んーあおの顔が赤いような。気のせいかな?」
「赤くない! さっさと乗るぞ!」
頬に触れてきそうで強い口調になる。
「はあい!」
青の後ろから蒼宙は電車に乗った。
地下鉄から降りるとさっさと歩き出す。
「あお、待ってよ。怒ってる?」
「……ちょっとこっちへ来い」
(まだ時間はあるし、ゆっくりしていくのもいいか)
蒼宙のちいさな手を握り、中学とは逆方向へ歩く。
見つけた路地に入り、壁際に蒼宙の体を押しつけた。
二本の腕を肩に置き半ば閉じ込める形にする。
逃げようと思えば逃げられる絶妙な体勢だ。
「あ、あお?」
「バレンタインデーの手作りチョコ美味かったよ。
今更だけどお前からもらったやつは俺が責任持って食べた」
「あおが食べたのは僕が贈った分だけ?」
「当たり前だろ。激甘な菓子は一個で十分だ」
「もう。嬉しかったから食べたって言ってよ」
ぐ、と腰を引き寄せる。
きょとんとした蒼宙の耳に唇を近づける。
かすれ声でささやいた。
「ホワイトデーのお返しはお前にしか贈らないよ。
付き合っているんだから当然だよな」
「あ、あり、ありがとう」
蒼宙はしどろもどろになり下を向く。
指先で頬に触れると熱くなっていた。
頬に唇を落とす。
「ひゃっ!」
「約束したやつだ」
蒼宙から腕をどかし、手をつなぐ。
握り返してきた力は存外に強かった。
「気をつけなきゃ……青はやり返すと怖い」
「何か言ったか?」
「な、何でもない」
天然小悪魔にはこれからも飴と鞭戦法でいこう。
校門の前で手を離し隣を歩く。
時々見上げてくるから一応視線を合わせてやる。
青にとって誰かと交際するのはこれで三度目だが、
本気で向き合ったのは蒼宙だけだ。
日曜日の午後、蒼宙はやってきた。
玄関の扉が、操子によって開かれ、恋人が現れる。
「いらっしゃい! 君が蒼宙くんだね。篠塚教授のご子息の」
「……お父様、蒼宙が緊張しますから」
「はい。名医の藤城先生にお目にかかれて光栄です」
「そんなことも……あるけどね!」
「あ、藤城先生、これお土産です」
土産はいいと言ったのに律儀に菓子箱を持ってきたようだ。
「ありがとう」
父が菓子を受け取る隙に蒼宙を抱きしめようと腕を伸ばしたので、
後ろにかばう。
(初対面なのに馴れ馴れしすぎないか?)
「蒼宙、俺の部屋に行こう。落ち着かないから」
前へとずいずい乗り出してくる父親に頭を抱えたくなる。
今までこんなことなかったはずだ。
いや、青は交際相手を屋敷に連れてきたことなどそもそもなかったのだが。
「え、一緒にお茶しないの? ちゃんと紹介してほしいんだけどな」
「……だから、蒼宙が緊張するから」
「あお、僕、藤城先生……じゃなくてお父さんとお話ししてみたい」
青の思いとは裏腹に蒼宙は父との交流を望んでいるようだった。
「……リビングにお茶を用意してもらいましょう」
父は喜色満面の蒼宙をリビングへと誘導していく。
青は小さく息をついて後ろから2人について行った。
(蒼宙が楽しそうならいいけど釈然としない)
リビングのテーブルには操子が入れてくれたハーブティー、菓子が
置かれていた。
3人はお茶をしながら歓談を始めた。
父と蒼宙が話す中、青が時折突っ込みを入れる奇妙なやりとり。
案の定、蒼宙と父は意気投合し2人でポーカーに興じ始めた。
「蒼宙くん、青に泣かされたら遠慮なく言ってくれていいからね」
「聞き捨てならないこと言うなよ……」
(くそ親父……ふざけんなよ)
「大丈夫。僕だって青を泣かしますから」
「頼もしいね」
「後で覚えとけ……蒼宙」
蒼宙にだけ聞こえるように耳元でぼそっと言う。
「二人とも仲がいいね。これならお互い励まし合って受験勉強もできそうだ」
「これからもっと仲良くなります」
蒼宙は、にこにこ笑っている。毒のない笑みだ。
ひざの上で蒼宙の手を握りしめた。
「蒼宙くんなら安心して応援できそうだな」
しみじみつぶやいた父親はリビングを出て行く。
「俺達も部屋へ行こう」
テーブルは操子が片づけている。
青はありがとうと礼を言い、蒼宙も頭を下げて二階に向かった。
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