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第15話 悪戯な天使とオレサマ王子-1(✱✱)
青の部屋で、二人は窓から外を眺めていた。
広々とした敷地内なので外門から屋敷までは、少し歩かなければはらなかった。
外壁も延々と取り囲んでいて、蒼宙は何度来ても驚くと言う。
「車の音とか聞こえなくていいね」
「……そうだな」
蒼宙の感想に苦笑する。
普通だと言えない環境を嫌だと思ったことは一度もない。
(一般的な家庭に生まれ育っていたら、今の俺はいなかった。蒼宙の気持ちを受け入れ、好きになることもなかった……気がする。いやこれは、父や姉からの教育もあるか)
「蒼宙、裏庭には桜の木があるんだ。もう少ししたら一緒に見に行こう」
「あおとお花見……」
目をきらきらさせ、うっとりと瞳を閉じる。
「操子(みさこ)さんに弁当を作ってもらって、ガーデンテーブルで食べよう」
「楽しみだよ!」
「大人は抜きで俺たちだけで」
「いいね」
蒼宙が、抱きつく。腰にしがみつくように身を擦り寄せてきた。
背中を抱いたら嬉しそうに目を細める。
「あおを好きになったきっかけなんだけど」
蒼宙がぼつり、と語り出した。妙に改まった口調だ。
「いかにも王子様って雰囲気を醸し出してるのに、どこか影がありそうだったから」
「えっ?」
「太陽じゃなくて月なんだよね。暗い夜空に浮かぶ三日月。それが藤城青(とうじょうせい)なんだよ」
満月ではなく欠けた月。
その表現は的確すぎて蒼宙の鋭さに恐れを抱いた。どこまで見透かしているのだろう。
「親しく過ごすようになって三週間だけど、僕の中でそのイメージはますます強くなった」
生意気な唇をふさいでやりたくなる。
(俺の前で無防備に佇むだなんて油断しすぎだ)
すっ、と距離を詰める。
背中に腕を回して引き寄せると胸の中にすっぽりとおさまった。
「……っ」
唇をついばんで離す。
短く終わらせようとしたキスを蒼宙が続けた。
背伸びして、青の唇に自分のそれを重ねて。
微かに音が立つ。
腰をだく腕に力を込めた。
自分が男で蒼宙も同じ身体を持っていることも
関係なく、この瞬間がすべてに思えた。
先が見えなくても今があればかまわない。
「だーいすき」
ぎゅっ、と抱きついてくる蒼宙が、いとおしかった。
午後5時になり、日が沈み始めていた。
窓際でいちゃついたあとソファの上で勉強していた青と蒼宙だったが、
ノックの音にびく、りと身体を強ばらせた。
「部屋のチャイムを鳴らしてください。迷惑です」
相手に告げると仕切り直してチャイムを響かせた。
ビンポーン。
「青、操子さんが蒼宙くんの好きな物を聞いてるよ。夕食の用意をしてくれてる」
よく通る父の声は、蒼宙にもしっかりきこえていた。操子が直接聞きに来ず主の父親が尋ねるのは、藤城家では普通のことだった。
「何でも食べられます。お魚、お肉、野菜の中で苦手なものは特にないです」
蒼宙はえへへと笑う。
「蒼宙くん、えらいな! うちの青なんて」
「……もう用は済んだでしょう」
言いつのろうとする父が心底うっとうしい。
「はいはい。操子さんには伝えておくからね」
父は含み笑いを残し去って行った。
素知らぬふりを装っているつもりだろうが、蒼宙が聞き耳を立てているのには気づいていた。鋭い視線を送ると慌てて表情を取り繕う。
「あおのことには興味津々なんだ。からかいたいわけじゃないよ」
「……最後の一言は余計だぞ」
耳元でささやくと蒼宙は、へなへなと腰を抜かした。
バレンタインの失神といいこいつは一体……。
「あおは本当に中学生なのかな。時々信じられなくなる」
「環境が特殊なせいだ」
環境で片づけておくにこしたことはない。
14歳らしからぬ大胆なふるまいをしたことも、抑制が効かなくなっただけだ。
ファーストキス以外は蒼宙が、全部はじめてだ。
「……いや、よく考えたら蒼宙に言われたくないんだが」
「僕? 何か変なことした?」
「……悪戯な天使だな」
「僕にとっての天使はあおだから。悪魔もそう」
話に収拾がつかなくなりそうなので、勉強道具の片付けを始めた。
蒼宙もバッグにしまい始める。
「ふさわしい呼び名があったよ。オレサマ王子!」
「へえ……」
得意げに言ってのけた蒼宙を羽交い締めにして、頭頂部をぐりぐりとなで回した。
栗色の髪は寝癖がついたような状態になった。
蒼宙は頬をふくらませた。バッグの中からコンパクトミラーと折り畳みの櫛を取り出し、
手早く整える。青は、くすっと笑い、部屋の扉を開ける。
青の腕を後ろから取り、少し後ろから螺旋階段を降り始めた。
「お二人は本当に仲がよろしくて微笑ましいですね」
「そうだね。初々しくて実によろしい」
顎をしゃくる父。
全部見えているし聞こえている。
蒼宙は上機嫌で、跳ねるように階段を降りる。
リビングの長いテーブルにはたくさんの料理が並べられていた。
ハウスキーパーである操子が腕によりをかけて作った家庭料理の数々だ。
蒼宙は操子に案内された席に向かうが、立ち止まった。
「どうした? 椅子が高くて座りづらいか?」
「そんなに小さくないよ! じゃなくて……青が遠いのが寂しいんだ」
蒼宙の様子に気づいた操子は、青の隣にあらためて席を用意した。
「操子さん、ありがとう」
「こちらこそ失礼いたしました。蒼宙さまは青さまの側でお召し上がりになりたいですもんね」
目元を柔らかく細めた操子に、蒼宙は真っ赤な顔になる。
「わがままでごめんなさい。ありがとうございます」
見守っていた父の合図で始まった夕食は、普段より賑やかで
蒼宙が帰った後は青もほんのりさみしくなったのだった。
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