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第16話 悪戯な天使とオレサマ王子ー2

入浴後、ドライヤーで乾かし終わり髪を整える。 父は理解があるとは言え意味深な応援をされた気がする。 もやもやしては眠れないから尋ねて来よう。 青は螺旋階段を降り父の部屋に向かった。 藤城家邸は、部屋数も多く照明をつけなければ 真っ暗な世界が広がりどこか不気味だ。 深呼吸して、父の部屋の扉をノックする。 「開いてるよ」  静かに扉を開くとデスクで書類に目を通していた。  広い背中に呼びかける。 「お父様、夜遅くにすみません」 「いいんだよ。青がこんな時間に部屋をたずねるなんて  よほどだろう。蒼宙くんのことかい?」 「どうしてそこまで応援してくれるのかなって」 「あの子は、青の癒やしになってくれているみたいだからね。  遠ざける理由もない。お互いくつろいで過ごせているだろ?」 「……一回会っただけなのによく分かりますね」  デスクの照明に照らされた顔は、少し疲れを感じさせた。  病院長の立場でいろいろな仕事をこなし、多忙の日々を送る藤城隆を  尊敬して止まない。  中学生の青には彼が抱えている苦悩の一ミリも理解できていないのだ。 「単純なことだよ。  彼といると青の感情が豊かになってる気がしてね。  普段あんまり表情を変えないのに、蒼宙くんといる時はどう?」 「蒼宙は……俺にとって大事な存在だから」 「蒼宙くんにというより青に蒼宙くんが必要なんだろうね」  父の言葉にうめく。  いつの間にやらそこまで浸食されるとは。  あんな小悪魔、近づいたらまずかった。  苦し紛れに脳内で呟く。  蒼宙に溺れてしまうなんて想像もできなかった。 「蒼宙くん、とんでもなくかわいいしね。  青ともまた雰囲気が違うんだけど……あの子も人を狂わせるタイプだと思うね」 「とりあえずホワイトデーに渡すのは、ホワイトチョコでいいですかね」  話を逸らしたが、逆効果だった。 「本命へ渡すならそれでいいよね。私も紫(ゆかり)が生きていた頃は渡してたよ」 「……知ってます」 父は愛妻家で二人は、こっちが恥ずかしくなるほど仲睦まじかった。幼児の頃の記憶の上で。 「青もお茶飲む? 玄米茶だけど」  テーブルに置かれたティーポッドを指し示した父に小さく頷いた。 「いただきます」  しっかり二つ用意されていた湯飲みは青が部屋を訪ねるのを待っていたということだ。  陶器の湯飲みを手に持ちゆっくりと傾ける。 「高校を出るまでは、駄目だよ?」 飲んでいたお茶を吹き出しそうになるが、どうにかこらえる。ニヤニヤしている父が嫌だ。 「子供相手に何を邪推しているんですか?」  すっとぼけてみる。 「えっ。あの青がキスもしてないの?」  ふいっと顔を背ける。耳が赤くなっているような。  幼児の頃の話を姉から聞いているのだろう。 (あんなの忘れろよ……) 「あはは……やっぱりからかうと可愛いねえ」 「お父様、おやすみなさい」  真面目に話していた父だったが、やはり最後は茶化すのだ。  こういう人だから、母を失った後張り詰めた神経の糸が切れずにすんだのだが。 (……あいつを抱きしめようとしたのを止めたのって嫉妬か)  自覚して不愉快になった青は、さっさとベッドに潜り込んだ。  時間を確認しベッドサイドの照明を消す。 (とりあえず、俺が蒼宙を手放したくないのは認める。  他のやつは性別問わず目に入らない。誰ひとりとして)  地下鉄の構内で会った蒼宙は朝から大変ご機嫌で若干引いた。  よほど昨日のことが嬉しかったのだろう。  とりあえず手を差し出し校門の前まで恋人つなぎをしていた。  昼休憩の時間に屋上に行き2人で弁当を広げた。  春の柔らかな空気が心地よくて、悪くないと青は内心頷いている。 「お父さんも公認で、これからはおうちにもお邪魔しやすくなるね」 「……ほっぺた、ついてんぞ」  蒼宙の頬についたご飯粒を舌で舐め取ると微かに頬を染めた。 (こいつ、よく俺を襲おうとしたよな) 「ここは二人きりになれていいね。いちゃいちゃし放題」 「春だからって沸いてんな。脳内お花畑かよ」  憎まれ口を叩いても痛くもかゆくもないらしい。  若干傷ついた振りをして、身をすり寄せてくる。  甘えてくる蒼宙を青は払いのけられない。 「ホワイトデーに青はどんなお菓子をくれるのかなあ。楽しみ」  蒼宙の額を指でこづく。 「いったーい」 「力は込めてない」 「話をちゃんと聞いてくれてるの?」 「土曜日にやるから、それまでいい子で待ってろ」 「僕はいつもいい子でしょ」  首をかしげてくるのでもう一度額をこづいた。 「暴力的! ドS!」 「やられるのは好きじゃない」 (自分からする方が好きだ) 「……本気で嫌がる意地悪はしないだろ」 「好きな子をいじめるってやつだね」  クスクスと笑う蒼宙の唇に噛みつく。  いきなりすぎて心の準備が間に合わなかった蒼宙は、  じたばたと身もだえ地面をごろごろし始めた。 「……大人になったらこれくらいじゃすまないんだぞ」  自分で言って顔を赤らめた。  重傷だ。もう駄目かもしれない。 「……やっぱり同じ高校に行きたいな。  心配だよ」 「何をそんなに心配する?」 「自分がどんだけモテるか自覚ないんだもん」 「興味ないし」 「ねえ。高校になったらもっと親しい恋人同士になりたいよ」  気恥ずかしそうな蒼宙からは純粋な恋心が伝わってくる。  言わなければ。 「……俺も大好きなお前と……」  今はこれだけ言うのが精一杯だ 「あお……僕、とっても幸せだよ」 「ホワイトデーは家に来い。いいもの見せてやる」  抱き寄せた腕の中で蒼宙は、深く頷いた。  

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