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第17話 ホワイトデー、真実の姿で

ホワイトデー当日、青はキッチンのテーブルに置かれたチョコレートを見つめていた。 ギフト用の包装には丁寧にピンクのリボンが巻かれている。 操子に手伝ってもらい作ろうかと思ったが、 買ったものの方が無難に思えた。 蒼宙の手作りチョコはよくできていて、 甘さ控えめなのも青の好みだった。 あれも落ちる要因の一つではあったのだ。 (キッチンでチョコレート作りに励んでいるところを父に見られたら、終わりだ) 自己完結し、メッセージカードを添える。 字の綺麗さにはそこそこ自信があった。 ミミズが這っているとは、思われないはず。 青が心を込めたプレゼントを贈るのも初めてのことだったから、余計に気にしていた。 「青さま、蒼宙さまがいらっしゃいましたよ」 ダイニングの入口に操子が立っていた。 約束の時間通りとは、どれだけこの日を待ち望んでいたのやら。 本来なら土曜日はピアノの教師が来る日だが、平日に変えてもらった。 ピアノを習うのも中学を卒業するまでと決めている。 音楽を専攻しているわけでもない。 玄関ホールへ行くと笑顔全開の蒼宙が、立っていた。 春用の白いダッフルコートがよく似合っている。 「コートは操子さんに預けておけばいい」 「わかった」 蒼宙はダッフルコートを脱ぐと後ろにいた操子に渡す。ニットのセーターも白だった。 「ごきげんよう」 「ごきげんよう」 良家の子息の挨拶を交わす。 言い合ったあとでお互い吹き出した。 中に入るよう促し二人で歩いていく。 リビングのソファを勧める。 ちょこんと腰かけた姿に吹き出しそうになった。 (……こうして見るとただのガキなんだけどな) 自分も同じガキだとかろうじて自覚していた。 「ちょっと待っててくれ」 にこにこ頷いた蒼宙は、ソファに腰掛けた。 「青」 愛称ではない方で呼ばれた。 振り向いた蒼宙が、ぱちばちと瞬きをする。 長いまつ毛が動くのも気になってしまう。 「今日、ホワイトデーだから白コーデなんだよ。気づいた?」 「もちろん」 「あおも白、似合うと思うんだけどなあ。紺色の制服もばっちり決まってて麗しいけど私服も似たような感じだもん。もっと冒険してみようよ」 来て早々よく喋るリスだ。  チョコレートの箱を手に戻ってくると、背中に隠す。  幸い、蒼宙はこちらを見ていなかった。 「ほら、約束のチョコレートだ」 「……あお」  ソファに座る蒼宙を腰をかがめて抱きしめる。  抱いた肩は微かに震えていた。  15㎝の身長差がなせる体勢である。  抱きしめた格好で、腕の中にチョコレートの箱を落とした。  ちいさな手がつかみ取る。 「ピンクのリボンだ!」  上目遣いで青を見つめてくる蒼宙の仕草にやられ抱きすくめた。 「こんなにドキドキさせた責任は取ってくれるんでしょ」 「今日はたっぷりお前と過ごせる。もっとドキドキさせてやるよ」  膝をくっつけて隣に座る。  胸元にもたれてきた蒼宙の頭を引き寄せた。 「えらそげなオレサマ口調を隠さなくなったね」 「……お前の前で取り繕う必要もないだろ」  背中を撫でると、子犬のような声を出したのでおかしくなる。 「……甘やかしてると調子に乗るよ。  そうしたらさすがに嫌になるんじゃない」 「ホワイトデーに無粋なことを言うな。チョコ返してもらうぞ」 「駄目……食べる。帰って抱きしめて寝てから明日食べるんだ」  テーブルに置いたチョコの箱をソファに置いていた鞄の中にしまいこむ。 「もう少しだけ信じてほしいんだ」  手を取り指を絡める。 「今ここにある幸せを大切にすればいいのかな」 「そうだ」  先のことばかりを憂えて楽しくなくなるなんて、無駄だ。  勉強以外のことで先を見据える必要はない。 「蒼宙、いいものを見せると言ったが」 「……もしかして目?」  頷いて目の前でブラウンのカラーコンタクトを外して見せた。 「綺麗……」  食い入るように見つめてくる蒼宙に、鼓動が早鳴る。  ハーフだった母方の祖母からの遺伝で生まれた時から青い目をしていた青は、  一般の日本人は違う見た目に引け目を感じていた。  髪も真っ黒ではなく少し茶色を帯びている。 ちなみに母も同じ瞳の色だ。 「久しぶりに青い瞳の青に会えた。本当に王子様だ」 「……気味悪くはないのか」 「どこが! 最強にかっこいいよ」  飛びついて来た蒼宙は、信じられないくらい純粋だった。  言葉をなくし呆然とする。 「僕だけに見せてくれたのが嬉しいんだよ。  中学のみんなは知らないもんね」 「知っている奴がいる学校には行きたくなくて、  受験してまで別の所を選んだんだがお前だけは小学校から一緒だったな」 「君が同じ中学にいることは、入学してから知ったんだ。  僕は別の理由で同じ顔ぶれがいるからエスカレーターで中学に上がるの嫌だった。  六年生で同じクラスになったじゃない?  僕はあの時から青に恋してた。  あおには気づかれなかったけど他の子達にはバレバレ」  唐突な告白にきょとんとする。 「鈍かったから、実力行使に出たわけだけど」 泣きそうな声の蒼宙が、とても愛しく思えた。 「……勇気出してくれて嬉しいよ」 「……忘れられなくて  チョコと手紙を贈ったら付き合えるきっかけになってよかった」 思い出したのかすすり泣く蒼宙の頭を撫でる。 「チョコは生ものだ。帰ったら速攻で食べろよ」 「そんなもったいないことできないよ」  柔らかい頬を両手に手挟む。  むぎゅっ、と掴んでやった。 「一番美味しい時に食えってんだよ。せっかくお前だけに  渡したのに」 「ふへ……わ、わかりました」 「素直でよろしい」  指先でぐりぐりと頬をつつき回す。  甲高い笑い声を上げる蒼宙は嫌がるそぶりも見せなかった。

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