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第18話 満開の桜の下で(✱✱)

四月になり満開の桜が、咲き綻んでいる。 満開になればあっという間に散ってしまうので、せめて雨が降らないことを祈るばかりだ。 青は、藤城家の庭園で恋人と花見をしていた。 ガーデンテーブルには立派な重箱が並べられ、開かれるのを待っている。 家政婦(ハウスキーパー)の操子お手製だ。 「見事だね。うちのマンションからも桜並木は見えるから、  ご飯食べながら見るんだけどここの桜は本当にすごい」 「曾祖父の代に植えられた桜だ。イギリス人の妻を娶った……」 「あ、そっか! おめめの真実の色は、ひいおばあちゃんからの遺伝なんだね」 「そうだ。母も同じ色をしていた」 「お母さん、クォーターで、  あおもイギリスの血が入ってるんだね」 「……大学を出たら旅行にでも行こうかな」  隣の椅子の上にいた蒼宙をひょい、と抱えて膝に横抱きにする。  驚くほどの軽さだった。身長の違いもあるが、体重も10キロ以上軽いだろう。 「ドキドキさせてくるんだから、もー」  大きな眼(まなこ)が、瞬きする。  蒼宙が自分の唇をなぞっていたように指先で触れてみた。  しっとりと濡れた唇。  顎を指先でつまみ顔を近づける。  さりげなく影を重ねた。  空気も時間も溶けていきそうだ。  キスをやめかけると蒼宙が肩を掴み自らも口づけを返してきた。  何度かついばんで離れる唇。  軽い水音が響く。  瞳を閉じている姿も愛らしい人形のようだ。  数瞬後、離した唇はお互い濡れていた。  甘酸っぱいキスを交わし、充足感で満たされた。  背中を抱くと肩に頬を寄せてくる。 「ランチの前にあおを食べちゃった」 「……ドキドキしすぎるとやばいな」  蒼宙の額に口づけると照れくさそうにした。  足音が近づいてくる気配を感じ、2人は慌てて身を離す。  元の席に落ち着いた蒼宙は、両の頬を手でさすっていた。  上気した頬を冷まそうとでもいうのか。  青もハンドタオルを顔に押し当ててみると自分の顔も熱かった。  こっちを見て笑う蒼宙に苦笑を返す。 「デザートをお持ちしました。少し早かったかしら?」  操子はテーブルの上にバスケットを置いて中を開ける。  手作りのプリンが二つ入っていた。ホイップクリームを  桜の塩漬けが飾られた季節限定のプリンだ。 「うわ……美味しそうっ」  興奮気味の蒼宙は、可愛らしいデザートに釘付けになっていた。 「今日ははりきって作らせていただきましたよ。  お二人のお花見デートですもんね」  母親のような年齢の女性に、優しく見守られているようで、  妙に照れてしまう。  すっかり頬の熱は冷めていたが、内心は動揺していた。 「先にお弁当を頂きます。本当に美味しそうだ」  重箱を開くと定番の弁当のおかずが所狭しと並べられていた。 「唐揚げにいなり寿司、太巻き、ミモザサラダ……」  唐揚げを食べるように箸の他、ピックも用意されていた。 「お前の好きなものはあるのか」 「ぜーんぶ好き!」 「それはよかったです。ゆっくりお召し上がりくださいね」  持ってきたティーサーバーから、お茶を注いでくれ操子は去って行く。 「庶民的だよね。こういうのが好き」 「毎日、豪華料理を食べているわけじゃないぞ」 「あはは」  小柄な体のどこに入るのだろうという勢いで蒼宙は箸を進めていく。  青は一口一口噛みしめるように食べながら、恋人を見つめていた。  おかずを全部食べ終えお腹をさする蒼宙に笑った。 「もう腹いっぱいでプリンは無理か。俺がお前の分も食ってやるよ」 「食べるって。あおって案外くいしんぼうなの? 新しい発見」  テーブルに肘を突いて瞳を輝かせる。 「……冗談に決まってるだろ! 二個も食えるか」  してやられた気分になった。 「かわいいよね。今日は青いおめめじゃないの残念だけど」 「……俺とお前が大人の男になる時、また見せてやるよ」  意味深にささやけばテーブルに顔を伏せる。  顔を上げた蒼宙はゆでだこのように顔を真っ赤にしていた。  太陽の光ではなく頬が高揚している。  顔をぶんぶんと横に振り、息をひとつつく。 「身が持たない……心臓がとまっちゃいそう」 「だいじょうぶか?」 「……もしも本当にならなくても、最初に  そういうこと言われたのは僕だもんね」 「……馬鹿」  プリンを手渡すと、歓声を上げる。  日だまりのような日々が続けばいい。 「散り際の桜も美しいね。うんお酒も美味しい」  父の晩酌に付き合っていた青はふいに疑問を口にする。 「俺は蒼宙と交際するまで、同性は無理だと思ってました。  ひどい言葉で拒絶しようとしたし……でも、今じゃ  あいつがいないと物足りなくて。  同性愛者になったってことなんでしょうか?」 「真剣に悩んでるねえ。青少年!」 「からかわずに聞いて下さいよ」  おちょこに浮かんだ花びらを口に含み父は青の方を見た。 「青はその時、好きになった相手を本気で想ってるだけなんじゃないかなあ。  蒼宙くんと付き合わなかったら同性愛について偏見があったの?」 「……なかったです。自分には関係ないとは思ってました。  だから不思議なんです」  夜空に舞う桜の幻想的な美しさ。  儚い恋ともリンクする……いや未来へと繋がらなければ  全部アウトなのか。 「翠とも話してみるといいよ。何か分かることがあるんじゃないかな?」 「……そういえばお姉様は女子校でしたね」  付き合っちゃえば……とたきつけてきた姉は、面白がっている  だけだと最初は思った。  純粋なら他に何も関係ないと教えてくれた気もする。 (蒼宙のことを否定どころか、肯定してくれた。一番最初に) 「青が成人したら一緒に花見酒しようね! 大学行くのにうちを出ていても  休みには帰ってくるんだよ」 「もちろん。約束です」  無事T大医学部に入っていれば二年目の頃か。その時は独りなのだろうか。  蒼宙はどうしている?  まだ不確定の将来なんて考える必要もない。 「それにしてもねえ……青が付き合ってる子をうちに  連れてきて紹介してくれるの初めてだったよね」  含みのある物言いをされた。 「蒼宙は、誰に紹介しても自慢の存在ですから」  言い切った自分にはっとした。  目を細めた父が、急に頭を撫でてきたが拒絶はしなかった。

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