19 / 71
第19話 恋愛相談ー1
事ある毎に、姉を頼っている気がする。
また借りを作ってしまう。
(仕方がない……これも蒼宙との交際のため)
姉に電話で連絡したら、蒼宙も連れてこなければ、何の話もしないと言い切られ父だけではなく姉にまで紹介する羽目になった。
幸い、義兄は昼間は仕事で不在だ。
会うのは姉と、4歳の甥だけ。
「青さま、着きましたよ」
藤城家の運転手の弥生が、声をかけてくる。
帰り際の精神的疲労を考えて送ってもらった。
徒歩でも行けなくはない距離だが、
交際相手を連れて、既婚の姉の家に歩いていくというのは意味不明だと思った。
「あお、さっきから怖い顔してるけどどうしたの?
本当は僕を連れてお姉さんに会うの嫌なの?」
不安げな声がして、顔を上げる。
咄嗟に蒼宙の手を握りしめ横を向いた。
「心の中で葛藤していたんだよ。お前に告られたのを伝えたのは、姉だから」
「……反応聞いてなかったけど」
「背中を押してくれたよ。だから、味方なのは間違いない」
「翠お姉さんはキューピットってことだね! 」
急にハイになった蒼宙に、乾いた笑いを漏らす。
(そう……なのかな)
何となく釈然としない青である。
二ヶ月前を思い出すと不安になる要素は、かけらもない。
車から降りると、双葉も降りる。
「4時くらいにお迎えに上がれば大丈夫ですか?」
「頼みます」
今が午後1時だから3時間ある。
よそ様の家に滞在しすぎるのも何となく気が引けた。
「それでは失礼いたします」
軽く頭を下げて、弥生は車に乗り込む。
軽やかに走り出す車に蒼宙は手を振っていた。
「はぁ緊張するなあ。あおのお姉さんに会うことになるとは思わなかったよ」
「……緊張するような相手でもない。気楽にしてろ」
家を見上げる。
遺産を相続する代わりに、贈られたという家は、
5LDKだ。
チャイムを鳴らす。
何度か連続で鳴らす。
蒼宙は青の行動に驚いて何も言えなくなっている。
乱暴に開け放たれた扉から姿を現したのは、
青の姉・翠。
子供の頃から美少女で名を馳せた妙齢の女性だ。
「コラァ! わざとやってんの! なんてクソガキ」
激しい口調の割に、笑顔なのが恐ろしい。
「そんな目くじら立てなくても。小皺ができますよ」
「慇懃無礼な丁寧語はいらな……あ、あら!?」
姉は蒼宙の姿に目をとめ、じいっと見つめてきた。
「初めまして、翠お姉さん。僕、篠塚蒼宙と申します」
「か、かわいすぎ!!」
すさまじいスピードで蒼宙を抱きしめた。
ぎゅうぎゅうという形容がぴったりだ。
「み、翠お姉さん!?」
「……蒼宙が怖がってるだろ。離せよ」
頬ずりまで始めたので、額に青筋が浮かんだ。
「……そ、その……苦しいので少し腕をゆるめてもらえますか」
控えめな蒼宙の口調に、くるものがあったらしい。翠は、蒼宙から身体を離し玄関を指し示した。
「ようこそ、蒼宙ちゃん。よく来てくれたわね。さ、入って!」
「お邪魔します」
翠に敵意はないと感じたようだ。
蒼宙は、にこにこと人好きのする笑みを浮かべ、
背中を押されるまま中へ入って行った。
(順応力高ぇな)
繊細なところとある蒼宙の適応能力を賞賛した。
リビングのソファに案内され、お茶を飲んでいると、幼児がとてとてとやってきた。
「せいにぃ! あ、こっちのお兄ちゃんは……」
「青ととっても仲良しの蒼宙くんよ」
翠が横から説明する。
蒼宙は、じいっと見つめてくる幼子に笑みを返していた。
「砌くんだね! 僕、篠塚蒼宙(しのづかあおい)っていうんだ。仲良くしてね」
砌はこっくりと頷く。
ソファに座る蒼の隣によじ登り、ちょこんと座った。
にこーっと邪気のない笑みを浮かべている。
「砌、蒼宙お兄ちゃんは、優しいから大丈夫だ」
「うん。せいにぃより普通に優しそう」
どういう意味だよ。
(散々面倒見てやってるだろうが)
生意気な甥に、姉の悪影響を思い知る。
麦茶をすする。
土曜日の昼下がりに訪れた姉の家で、
平穏無事に一日が終わることを祈る青である。
くりくりの大きな目で蒼宙を見つめる砌だったが、翠が残念そうな口振りで諭した。
「砌、今日は青たちと大事なお話があるの。お部屋に戻っててね」
しゅんとした砌は、青と蒼宙に手を振りながら、リビングを出ていった。
「砌くん、いても大丈夫ですよ」
「あの子の相手してたら真剣に話を聞けなくなるわ。もうすぐお昼寝の時間だから」
チラっと、後ろを見ながら翠は言う。
手がかかるといってもリビングまで一人で来たし部屋まで戻っていくのだ。
平日は幼稚園に通っていて、その辺は自立心も養われている。
紅茶は、青はレモンティーのストレート、蒼宙はミルクティーを飲んだ。
ベイクドチーズケーキはお菓子作りをたしなむ翠お手製だ。
マーマレードジャムとビスケットの生地が敷いてあり、悪くはない味に
思わず頬がゆるんでしまう。
「美味しいです。翠お姉さんはお菓子作り、得意なんですね」
「趣味で作ってるだけでプロみたいなことはできないわ。
蒼宙ちゃんも青に手作りチョコをあげたんでしょ?」
まんざらでもなさそうに笑う翠は上機嫌だった。
「絶対射止めてやる!って気持ちを込めて作りました。
甘さ控えめにしたら青も美味しかったって褒めてくれましたよ」
「こんなかわいい子に好きになってもらえて感謝すんのよ」
「ありがたく思ってる」
蒼宙は、くったくなく笑い本音で話している。
翠は信じられる人物だと認定したらしい。
「私から話を聞きに来たのよね……そうねえ」
翠は意味深に笑っている。
「青が3、4歳の頃、私は女子校に通ってたわ。
まだお母様も元気で生きていた頃ね」
カップを傾け、瞳を伏せる。
青は、自然と顔を逸らす。
思い出したくもない案件がいくつもある。
幼児だった青は、姉にもてあそばれまくっていたのだ。
義兄が登場する前なので、幾らかマシだった。多分。
「私ってばその頃、とってもモテモテで
同じクラスの子達や部活で入っていた洋裁部の子からも
慕われていたわ。後輩からは翠お姉様って呼ばれたりして」
てへ、と口元を緩める姿が怖くて紅茶をがぶ飲みした青である。
蒼宙は、真剣に話を聞いている。
鞄から、メモ帳とペンまで取り出したのでツッコミを入れた。
「紙の無駄だ。メモ帳とペンをしまえ」
「これから重大な話があるわよ?」
「だって。青の分も覚えておくからね」
翠は10年前の話をもったいぶって話し始めた。
ともだちにシェアしよう!